悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました
「じゃあこれならいい?」
 ファーナが人間の姿に変わる。

「こらぁぁ! そういう問題じゃないっ」

 というか裸で泥遊びをするとか、色々とシュールだから。
 ああもう。温泉でのんびりまったりとか夢のまた夢だったよ。

「はいはい。二人とも。今日は遊びに来たんじゃないでしょう。美容のためよ」

 ようやく助け舟を出してくれたレイアのおかげでわたしは難を逃れたけれど、髪の毛も顔も泥だらけ。

「ああもう。泥でべたべただわ」
「あら、泥を体に塗りつけて、少し乾かすのよ。そうすると鱗がしっとりするのよ」

 だから存分に顔にも肌にも泥を塗りつけなさいとレイアが言ってくる。
 あなたはこっち、とレイアは娘を手招きをする。親子で泥を体に塗り合い、わたしもその間にせっせと顔にパックをする要領で泥を塗りたくる。

 うん、これはもう男性には見せられないね。
 ファーナはひとしきり母娘で泥を塗りたくって満足したのか、あれ以降は大人しく沼の中でじっとしていてくれていて、わたしはようやく人心地ついた。

「慣れてくると気持ちいいかも」
 自然と鼻歌なんて歌ってみるくらいには心地いい。

「あら、珍しい。あなたがここにいるなんて。一体何年ぶりかしら」

 頭上に影がともったのはそんなとき。
 上を見上げると黄金竜が一頭。大きさからして大人だろう。

「久しぶりね」

 レイアが気安い声で応じる。
 どうやら知り合いらしい。

「わたくしも失礼するわね」
 ゆっくりと降り立った竜は、そのまま泥の中に身を沈める。泥が少しだけ波打った。
「こんにちは。あなたがレイアの娘ね。大きくなったわね」

 声の感じからして女性なのだろう、彼女はファーナに向かって挨拶をしたが、当のファーナはぴくりと固まってしまった。

 これまで家族としか接してこなかったというのは本当らしい。すっかり借りてきた猫のようにおとなしくなった。

 いつもの元気はどこへ行ったよ。

「ほらファーナ。ご挨拶は? 彼女はお母様の古い友人よ」

 レイアに促されたファーナはか細い声で「こ、こんにちは」とだけ返した。

「ごめんなさいね。あまり他の竜に慣れていないのよ」

 おばあさまやおじいさまとはちゃんとご挨拶できるのにね、とレイアはファーナに向かって続ける。

「でも安心したわ。ちゃんと育ったのね」
「ええ。最近は随分とやんちゃで手を焼いているところよ」
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