君と私で、恋になるまで





episode06.



「我慢のゆくえ」



fin.


俺は、馬鹿だ。

チラシ配りを終えて一度帰ってきた時、枡川が端の方で誰かと話をしているのが見えた。楽しそうな笑顔と"一樹"、そう呼ぶ彼女に簡単に心はぐらついて。

再び見かけた時は、今度は客としてブースでその男と話をしているのに気付いて、咄嗟に視線を逸らした。


「…枡川さんの同期の方ですか?初めまして明野と言います。」

「…え、」

休憩スペースから戻った俺に話しかけてきたのは、"一樹"と呼ばれていた爽やかな男だった。

紹介したクライアントが、枡川に心無い言葉を投げたこと。
だけど気丈に振る舞って、最後まで丁寧に話してくれたこと。
感謝と謝罪を伝える彼を前に、言葉が出ない。



__俺は、本当に馬鹿だ。



ブースで目があった時、あいつどんな顔してた?

ジュース零すなんてドジだなって、なんで笑ったんだよ。

格好悪い嫉妬を隠すのに必死で、手を差し伸べなかった自分に苛ついて舌打ちをした。


「…あの、なんで俺に、」

伝えてくれたんですか。

そう気まずく言えば、目の前の彼に

「俺が枡川さんと話してた時、相当険しい顔でこっち見られてたので。」

爽やかに指摘される。まじで、格好悪い。




走って走って、彼女を見つけた。

出口で顔色を確認すれば、涙は出てなくてそれに少し安堵する。

「よく私の居場所、分かったね。」

あのさ。
俺は、その手に持ってるダサいTシャツなんて目印が無くても。
簡単に、お前のことは見つけられると思うんだけど。

そうは言えなくて、誤魔化してブースへ戻ろうと促したのに。

彼女が真っ赤な顔で手を握ってきたせいで、簡単にタガなんて外れた。


衝動的に抱き締めた枡川が、想像以上に小さくて腕の中ですっぽりおさまってしまう。

殴られても文句は言えないな。

そう思った瞬間、恐る恐るその細い腕を俺の背中に回すこいつに、最初から、ずっと触れたかった。


もう、我慢なんてとっくに限界に決まってる。






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