君と私で、恋になるまで





「…ほら、やっぱり下手。」

「っ、…え、」


私の顔を覗き込んで、急に視界を占領する綺麗な顔と耳に直で届くロートーンボイスに驚嘆の声をあげてしまった。



気怠い様相のままで微笑む男は、お疲れ、と平然と言う。


「…直帰じゃなかったの。」

「うん、直帰して会社まで戻ってきた。」

「それ直帰じゃ無いよ。」


クスクス微かに空気を揺らすゆるい笑顔に、胸がつかまれて、嗚呼、凄く会いたかったんだなと思う。

土日と今日、会えなかっただけなのに、そんな風に思う私は、やっぱり欲張りな気がしてしまう。




「……先週の金曜日、あの後飲みに行って、お前のこと全然連れて帰りたかったけど。

次の日現場で早いって知ってたから、言えなかった。」


「…そ、そうだったの?」

いつもの居酒屋で、いつものおつまみで、他愛も無い話をし合って、その日は別れた。

そういう時間も勿論大事だし、そんな直ぐに何か変わるわけじゃ無いよね。そう思っていた。


「……そしたら、日曜も枡川さんからの連絡はありませんでした。」


「……ぐ。」

奥二重の瞳を少し細めてそう言う瀬尾に、私は押し黙ってしまった。

その反応に、クスリと笑った瀬尾は一歩近づいて私を優しく見下ろす。



「嘘、ごめん。

こっちからすればよかったけど、仕事で疲れ溜まってるかなとか色々考えて、出来なかった。」


困ったように眉を下げる男に、ぎゅうと心臓を簡単に掴まれてしまう。


「………瀬尾もヘタレだったの?」

「そうだよ知らなかった?」

「なぜ威張るの。」

「………俺は、お前のことになると特にそう。」


少し髪をくしゃりと乱して気まずそうにそう告げる様子に、私は思わず微笑んだ。


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