まっしぐら!!
恋、はじめました。

1話 はじまる物語

きーんこーん、かーんこーん、とゆっくりチャイムが流れてゆく。途端、そわそわしたような空気が流れて、お喋りの音も止んで皆が席についた。
教室に漂う静寂は、まだ知らない担任の先生が教室に向かう足音への緊張か、ほんの少しぴりりとしていて、真凜も、すぃっと背筋をのばした。

(優しい先生だといいなー。怖い先生だったら、私、学校嫌になっちゃうかも。)

こつ、こつ、こつ、とヒールのついた内履きの音が、教室に近づいてくる。
どうやら、担任は女の先生らしい。
皆が息を潜める。
ちらりと教室のドアの隙からひらひらのスカートが覗いて、教室の空気がいちだんと緊張モードになる。

(あーもー、はやく入ってよぉお、焦らすなー)

そうは言っても、そこまで焦らしている訳ではなくて、ただただ緊張していて時間が長く感じられるだけなのも、一応は理解していた。

がららっ。

ドアが開き、若そうな女の先生が入ってくる。

(あ、なんかゆるそー。)

ふっと、そこらにながれる空気が軽くなった。肩も軽い。
その女の先生は、1度ふわりと笑みを作ってからぺこんとお辞儀をして、教室を見渡した。

「はじめましてっ。えーと、大塚みらい(おおつかみらい)です。私も教師としてはまだ1年生で、皆さんと一緒ですねっ。1年間、よろしくお願いします。」

見た目と違わないゆるそうな挨拶に、だんだんと教室には温い空気が満ちていった。

「はい、じゃあ自己紹介、しましょっか。うーん、出席番号順で、お願いします。1番の新川さんからひとりずつ、名前とー、あと、ひとことで、はい、どうぞっ!!」

新川さん、とよばれた女子が、かたん、と立ち上がる。明るい茶色に染められたボブショートをふわりと揺らしながら、クラスを見渡した新川さんが、にっこり笑う。

「どーも。うち、新川夏奈(あらかわかな)っていいます。中学ン頃はわかなって呼ばれてたんで、まァわかなでも、なんとでも呼んでくださいな。髪とか染めてるけど、うち別に不良とかじゃないかんね?怖がんなよ、仲良くしてやってください、よろしくなっ。」

朗らかに早口で自己紹介をした新川さんは、雑なお辞儀と一緒に椅子に戻った。ついで、後ろの席の男子が立ち上がる。

飯塚那音(いいづかなお)。趣味はバスケとか?まぁ、よろしくお願いします。」

そして、また後ろの席の男子が立ち上がり、と、自己紹介はとんとん拍子で進んでいく。

(自己紹介してもさー、一発で人の顔とか覚えらんないんだよなー、実際は。)

独りごちながら、真凜は自分の順が回ってくると、かこんと立ち上がり、そうしてクラスを見渡す。教室を一望するのも、クラスメートの顔を見たのも、実は初めてで、胸が高鳴った。

すると、ふと、教室の一端で目を剥いた。


朝のイケメンだ。


口に出しそうなのを何とかこらえる。そして、もう一度見て、

やっぱり彼がいた。

え、同じクラスなの!?ていうかどんな確率よ、それ!!待って待ってどうしよう、やばい嬉しすぎる。あ、もうこれ、運命、的な!??そういうのなの!?君と出会うために僕は生まれてきたんだ、とか、そんな展開なの!??てか、朝の今日で気まずすぎないか!!!!??



「……神崎さーん??」


現実世界に戻らされる。

「はいっ。」

恥ずかしい。なんなら、笑い飛ばして欲しかった。皆が気まずそうに、こちらを見ている。う、キツイ。

真凜はすぅっと息を吸うと、もうどうにでもなれと一息に、

「神崎真凜ですどうぞよろしくお願いしますっ」

と、何とか言いきった。フゥと息をつきながら、椅子に座る真凜の顔は赤い。

(穴があったら入りたい……けど、あのイケメンくんの名前を知りたいんだっ!!)







つまらない時間は長くって、楽しい時間は短いなんて、嘘じゃないか。
こんなにワクワクしてて楽しいというのに、彼の自己紹介はまだやってこない。




(あーもー、まだなのー???)

と、イケメンくんが立ち上がった。








「俺、仁科勇(にしないさむ)です。えー、特に言うことないです。ありがとうございます。」













イケメンくんこと勇は、それだけ言って椅子に着いた。


(え、それだけ……?なんかちょっと、がっかりかも。)

塩系男子かよー、と、特に大きな情報が得られず、真凜は肩を落とす。

(はっ、でも、名前は知れたんだもんね。)

(それに、塩ってのもなんかイイかも。)

ぱっと瞳を輝かせるその様子は百面相だ。

周りが怪訝そうに見るも、当の本人はどこ吹く風で、心の中で、勇くん、勇くんと繰り返した。
好きになった人の名前聞くだけでめっちゃ嬉しい。私、やっぱり彼のこと……

大好きなんだ。

一目惚れも、恋もはじめてな真凜にとっては、そんな気持ちがどこか新鮮だった。
すーっと、視線が彼の方へ向いてしまう。
彼の隣で、一緒に笑いたくなる。
彼のいろんなところを知りたい。

ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。芽生えた気持ちが、頭を侵食していって、頭の中が彼でいっぱいになる。

「はい、じゃあ改めて、1組の皆さん、よろしくお願いしますね。じゃ、号令は、日直の新川さん、お願いしていい?」

きんっと響いた飯塚先生の声に、真凜は思考を現実に戻す。きーんこーん、と、のろまなチャイムが聞こえて、それに被せるように、新川さん、が声をクラスに響かせる。

「……きりーーーつ。ちゅーーもーく。れいっ。」

「「ありがとうございました。」」

ぴったりと揃えた声がクラスに満ち満ちて、そうして、ざわざわざわっとまた、女子と男子の入り交じったお喋りの喧騒が、ホームルームが始まる前のように戻ってきた。

(いつの間にみんな、友達になったんだろ。)

真凜は、友達が作れないわけではいない。ちゃんと、お昼を誘う友達もいれば、一緒にトイレに行ったりもする友達もいる。ただ、特定の人といることが少ない。いわば、親友、とかそういう人がいないだけで。
でも、そんな事実が、真凜は少しだけ、嫌だった。
たとえば、グループを作りなさい、と言われたとき、真凜が誘わなければ皆別のグループに入ってしまうし、自分の取り合いもおきない。
たとえば、移動教室のとき、真凜がもたもた準備しているとき、だれもが気にしないで行ってしまう。

それは、少しさみしかった。

だから、それは卒業しよう。

すぅ、と真凜は、息を吸った。

「あ、あのっ」

すぐ近くにいたグループに声をかける、視線がこちらにむく。
逃げ出したくのをこらえて言葉を紡ぐ。
友達っていうのは自然にできるもので、友達になりませんか、とか、そんなの告白してるみたいじゃない。

「えっと、その、」

必死に言葉を手繰ろうと、えっとを繰り返していると、そのグループに混じっていたひとり、新川さんが身を乗り出すようにして、こちらを見た。

「あ、もしかしてだけど、うちらと仲良くする??」

茶色っけのあるくりくりっとした眼に見つめられてどきどきしながら真凜は頷いた。

「そーなんかー。おっけ、アタシたちも仲良くなりたてだし。名前、なんだっけ?」

「わ、私、真凜、です。」

「おっけい、アタシ千夏(ちなつ)。まりんね。」

新川さんの隣にいたギャルっけの強そうな女子は、千夏というらしい。

「あ、ちなっちゃんってよんで!」

ちなっちゃん。なんだその微妙なネーミングは。……と突っ込みたくなるようなあだ名で呼んでと、彼女は付け足した。

「ま、別に千夏でもいいけど。」

「じゃーうち、千夏って呼ぶわ。なんか、ちなっちゃんってなんか、ありきたりっぽすぎて逆にないわー。」

新川さんがそう言うので、真凜も、千夏ちゃんって呼ぼう、と思った。

「あ、で、うちは夏奈ね。」

付け足すように軽い自己紹介をして、そうすると、隣の女子が口を開いた。

「私、綺那(あやな)。よろしく。」

超がつくほどの黒髪ロング。さらさらと手でいじくっていて、どうやら髪が自慢らしい。まぁ、綺麗だもんね。

「てかさー、昨日のテレビ、見たー???」

全員、3人の自己紹介が終わったところで、待ってましたと千夏が話題をだす。

正直、面白みも何も無い、他愛のない会話。

それらに適当に相槌を打ち、そのまま真凜は逃げるように教室を出た。


「あ、朝の子じゃん。」


不意に、声がかけられる。

「あ、朝の子??」

おうむ返しに真凜が応えると、そこにはリュックを背負いもう帰ろうとしている勇がいた。どうやら帰る間際に声をかけただけらしかった。

「そ、朝の子。コケてたけど、大丈夫だった?」

「あ、だ、だ、大丈夫?かな??」

(なんで私疑問形〜〜〜!??)

ドキドキする。心臓がばくばくと音をたててうるさい。若干のコミュ障を発揮しながら、なんとか答えると、勇は、そっか、なら良かった、と、それだけ言って廊下に歩んだ。

(あ、どうしよ、もうちょっと話したい。)

呼び止められず、口をぱくぱくさせて、勇にちょこちょことついていく。挙動不審だ。

廊下にまろびでる。今の廊下はまだ人で溢れていなくて、二人の世界を切り取ったようで。

「あの、」

唇から漏れた、声は、掠れてしまう。

「あの!!!」

言いながら、なんだか少女マンガみたいだ、と、他人事のように思えてしまう。

「好きです。」




二人の世界。時が止まる。



付け足す。
「朝も言ったけど。でも、でも、一目惚れなのっ。」



真凜は心の中で焦った。

聞きたくない、聞きたくない。

絶対、こいつヤバいやつだって思われてる。もう思われてるかもしれないけど。ていうか、絶対思われてるっっ。

ほんの1秒が何時間のようにも感じられる。そんな表現、ほんとのことだったんだ。

いまどのくらいの時間が現実流れているのか、分からない。

口がカラカラになる。







「ごめん?」





え、なんで疑問形。

危うく声に出そうなのをこらえて、真凜は俯いた。

「うん。」


勇は気だるそうに、また廊下に歩を進めた。

「……っ、でも、私、諦めないです!!」


真凜はなりふり構わず、彼の背中に叫んだ。



「私、ゼッタイあんたのカノジョになります。」



息を吸った。



「諦めないですから、覚悟しといてください!」



言い切って、真凜は胸を張る。

勇は、少し驚いた顔をして、それからにこりと笑って、そのまま背を向けた。



言い切った。


そこにはどこか達成感があって、やってやったぞー、と、どこか嬉しかった。


教室に戻ると、少しだけ好奇の視線を感じた。

もしかしてじゃなくて、聞こえてた?

居心地の悪さを感じつつ、そそくさと机の荷物を持つと、真凜も帰る用意をした。











「ただいま〜」



真凜は玄関の戸を開けて、家の中に声をかけた。おかえり、と、家族の声が聞こえる。玄関にあがり、靴を足でひょいと揃えて、そのまま玄関の床にぺしゃりと座り込んだ。



はああああああああぁぁぁ……


盛大にため息をつく。

「やっちゃったよ〜……」

初対面で告白とか、告白とか。てか、諦めないって何。

今更になって今日のことに頭を抱えたくなる。思い出すだけで頭はゆでダコみたいにのぼせ切って、自分の行動に涙がでた。だって、私、馬鹿じゃん?情けないなぁっと、座り込んだまま立ち上がりたくない。

「真凜?おかえり。」

母親が玄関を覗きに来て、若干の涙目で玄関に座り込む真凜を見て、目を丸くする。

「た、ただい、ま。」

真凜はそそくさと玄関の荷物を拾い上げ、立ち上がり、自分の部屋がある2階に上がるために階段に向かった。


(しょーがないよね、ここまで来ちゃったんだもん。諦めないで、やるっきゃない。)


ペちん、と軽い音を立てて頬を叩いた真凜の目には、もう涙の痕も残っていなかった。
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