泣きたい訳じゃない。
私は兄に電話をした。
通知音が鳴り出すと同時に、兄の声が聞こえた。

「もしもし、莉奈?何かあった?」

私からの電話なんて兄からすれば大事件だ。

「今、大丈夫?仕事のことで相談があったの。」

「珍しいな。莉奈の会社と高田グループは既に取引があるだろう。莉奈が『俺達の関係は会社には言わないで。』って言っていたのに。」

私は、大きな取引先である高田グループと親戚関係がある事で、会社での立ち位置に影響されるのが嫌だった。
だから、拓海にも兄がいることは伝えても、それ以上の話はしたことがない。

「そうなんだけど、ちょっと事情があって。」

私は、拓海がバンクーバーで手掛けている新規事業について話した。

もちろん、私と拓海の関係については会社の同僚で、私が彼のサポート担当だとしか言わなかった。

「それはいい話だな。で、どうすればいい?莉奈の会社の現地のオフィスに直接、コンタクトを取ればいいのか?」

兄は私の話を聞いて、既に乗り気になっている。

「私が紹介するから待ってて。青柳さんにはまだ何も話していないから。それに、私達の関係は、大学の先輩後輩ってことにしておいてね。」

「何で隠す必要があるんだよ。一緒に仕事をするなら、バレるのも時間の問題だと思うけど。」

「もしバレるとしたら、その発信元はお兄ちゃんしかいないんだから。私は仕事がし辛くなるのが嫌なの。ね、お願い。」

兄は私の『お願い』には弱い。

「分かったよ。じゃあ、また連絡待ってるから。」

「ありがとう。青柳さんも仕事のできる人だから、お兄ちゃんとも合うと思うんだよね。よろしくね。」

私は調子に乗って、余計な一言ってしまった。

「莉奈、一応確認しとくけど、その青柳さんとは本当に同僚ってだけだろうな。」

私は、兄の勘の鋭さにたじろぐ。

「何言ってるの。私は、この会社でバンクーバーの仕事に関われるのが嬉しいの。想い出の詰まった街だから。」
「そうだな。じゃあ。また。」

電話でよかった。
顔を見られてたら、完全にバレていた気がする。
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