泣きたい訳じゃない。
その後、真美さんだけがリビングに戻って来た。

「ごめんなさい。彩華が取り乱してしまって。」

「俺が悪かったよ。余計なことを言ったから。」

流石に兄も反省しているようだ。

「彩華も『ごめんなさい。』と伝えてくださいって。」

「でも、結婚も決まってるのにあんな風に取り乱すなんて珍しいね。彩華ちゃんはまさかまだ青柳さんのことを想っているのか?」

「そうじゃないとは思うけど、彩華にとっては初恋の人だったから。それに、遠距離が原因で別れたから、吹っ切れていないところがあったのかも。」

もうこれ以上聞きたくないと思っても逃げ場はない。
両親もこの状況に落ち着かない様子だ。

「私達は、今日はこれで失礼するわね。」

母がこの空気に耐えきれなくなって、立ち上がった。
兄も真美さんも止めることはできない。

「お母様、申し訳ありません。こんな事になってしまって。」

真美さんが頭を下げる。

「真美さんのせいじゃないわ。雅治が余計なことばかり言うからよ。こちらこそ、こんな息子でごめんなさいね。」

父と私も立ち上がり、母と一緒に玄関に向かう。

「また、改めてお越しいただけますか。」

「もちろんですよ。また、ご招待してもらえたら喜んで。」

真美さんは母の言葉に少し安心したようだ。

私が両親の後ろにいると、兄に腕を掴まれた。

「何?」

「莉奈は本当に青柳さんとは何もないんだろうな。」

「何言ってるの?」

「彩華ちゃんの話を聞いてから、莉奈が動揺してるから。」

私は平静を装っていたつもりだったけれど、兄にはそうは映っていなかった。

「何もないわよ。」

「それが嘘だったら許さないからな。」

「お兄ちゃんには関係ないでしょ。」

そう言うと、私は兄の手を振り切って、玄関を出た。
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