泣きたい訳じゃない。
結局、殆ど眠れないまま夜が明けた。
夏の夜明けが早くて救われる。
暗闇は、私を追い詰めるから。

私はベッドから起き上がるとシャワーを浴びて、準備をする。今朝の私の顔は、きっと今までで一番酷いはずだから。

いつもの時間に拓海から連絡が来る。
拓海は昨日の出来事を何も知らないのだから当然だ。

私は何を話すのだろう。
もう成り行きに任せるしかない。

パソコンを立ち上げてアプリを開くと、拓海のいつもの顔が映し出された。

「おはよう。」

「おはよう。莉奈は元気にしてた?」

「うん。」

一つ目の嘘。

「莉奈、アジアチームの危機を救ったんだってな。」

ホテルのことを言ってるんだろう。

「別に大したことはしてないよ。結局、お兄ちゃんに頼んだだけだし。どうして知ってるの?」

「課長が教えてくれた。それに課長に、莉奈と高田ホテルズの関係も聞かれた。課長にはデュアルレジデンスとの契約の話もしてるからな。」

「それで何で答えたの?」

「大学時代の先輩って言っておいたけど。」

二つ目の嘘。

「ありがとう。私も会社の皆んなに聞かれたけど、誤魔化した。昨日、お兄ちゃんの家に行ったよ。」

これは本当。

「そうか、楽しかった?」

「うん。」

三つ目の嘘。

「来週、高田さんがバンクーバーに来るから、その時にお会いするよ。」

「お兄ちゃんも言ってた。そう言えば、拓海は高田彩華さんって知ってる?」

「えっ?」

「お兄ちゃんの義理の妹さん。高田ホテルズのご令嬢よ。」

拓海の表情が固まって、沈黙が生まれる。

「うーん、何かのパーティーで挨拶した覚えがあるな。」

四つ目の嘘。

「彩華さんも同じようなこと言ってた。」

五つ目の嘘。
拓海は本当のことは言わないつもりだ。
だったら、私も聞けない。

私達の会話は嘘だらけだ。
本当のことを言うだけが、正しいとは限らないけど、嘘だらけの会話からは何も生まれない。
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