訳アリなの、ごめんなさい
「お疲れですね。」
王太子宮の自室に戻り、妃殿下に声を掛ける。
平気そうな顔を取り繕ってはいるが、顔色が悪く、明らかに疲れた様子で、少々心配になる。
今日は朝からずいぶんと忙しかったから無理もない。

「えぇ少しね。夕食までに少し休もうかしら」


「夕食は王太子殿下とお取りになる予定ですが、お辛ければお断りしましょうか?」

「大丈夫よ。ありがとう。」

そう言うと、彼女はソファに腰を落ち着けて、目を瞑った。


束の間の休息を邪魔してはいけない。急ぎ足で退室して、自室へ向かう。

妃殿下ほどではないが、自分も少し疲れてはいる。

私もすこし休もうかしら。

そんな事を考えながら階段の踊り場に差し掛かった際、上階から降りてくるブラッドとばったり顔を合わせた。


「お疲れ様」

声をかけると、彼はすこし早足で、階段を駆け下りてくる。



「丁度良かった!今行こうと思っていたんだ」

私の前までやってくると彼は当たり前の様に、私の部屋の方角へ並んで歩き出す。

「どうしたの?」

何かあっただろうかと首を傾げると、彼は辺りを見渡す。

ちょうど夕刻の少し前で、侍女達の往来が多い。



流石にここで話せるような内容ではないのだろう。

互いに歩調が速くなる。
とにかく階段付近は人が多いため早く離れたかった。

ひとつ角を曲がると、そこでようやく人の気配がなくなったので、それぞれ足を止めた。

このまま彼を自室に連れ帰ると、リラがいい顔をしないのはわかっているので、ここで立ち話をするしかないのだ。

自然と互いの距離は近くなる。


「昨日のこと、エドガーに話した」

短くそう言われ、やはりその話かと、うなずく。

続きを促すと、タイミング悪く、今きた後方から、人の声がこちらに向かってくる気配がする。
あ、まずいわ。と思った矢先、急に身体を引き寄せられて、肩を抱かれる。
そのままグイッと方向を変えられて、
声を出す暇もなく、脇にある扉を開けて空き部屋に押し込まれた。


気がついた時には、彼の厚い胸板に頬を張り付けていた。

肩を抱かれているから逃れられない。

声をかけようと目線だけ上に向けてみるが、彼は戸外に意識を向けているようだ。

人の気配と話し声が、門を曲がり部屋の前を通過していく。

どうやら仕事中の侍女達のようだ。

そのまま息を潜めてやり過ごす。

彼女達の声が遠のき、新たな人の気配を感じなくなる。

そこで私を胸に抱き込んでいたことに気が付いたらしいブラッドが、恐る恐る抱き込んだ手の力を抜く。

「すまん、咄嗟のことで」

「だ、大丈夫よ。ありがとう」

互いに少し距離を取る。
そうして、周りを見渡す。



「ここは?」
がらんとした何もない部屋だった。
使われていない家具には白いリネンが被せられて、それが余計に殺風景に見える。

「おそらくしばらく人は来ないだろう。都合がいいな」

ブラッドがポツリと呟いて、こちらに向き直る。

「殿下には、エドガーから、それとなくクギはさしてもらった。
殿下に対しても、遠慮なく辛辣な奴だから」


そう言って、彼は苦笑する。


「妃殿下にとっては政略結婚なわけで、好きな人に嫁いだわけではないことを理解しろ、1人で浮かれるなと」

驚いていきをのむ。
そんなにハッキリ、、、

「すごいのね」

それ以外の言葉が見つからない。

ブラッドも肩を竦める。

「彼にしか言えないだろうな!
とりあえず殿下も、それで少しだけ目が覚めたみたいだ」


「ありがとう」
ほっと息を吐くと、彼が「いや」と首を振る。

「こちらのセリフだ、アーシャが聞き出してくれ無かったらそこまで気が回ったか、、、妃殿下のご様子は?」

ゆっくり首を振る。
「疲れていらっしゃるけど、特には」

「とにかく何かあったらすぐ伝えるわ。」

「頼む、、、」

2人で頷き合う。
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