訳アリなの、ごめんなさい
「セルーナ様?」

寝室に駆け込み、寝台の上の彼女を認め、駆け寄る。


彼女は寝台の上で膝をつき、ひざまづくような姿勢で荒い呼吸をしていた。

これは、、、。


すぐさま近づいて様子を見る。
辛うじてガウンを羽織っているが、そこから覗く胸は忙しく上下し、
息苦しそうに呼吸を浅くくりかえし、瞳はぼんやり中をさまよっている。

「セルーナ様、アリシアですお分かりですか?」声をかけると、僅かに頷くのが分かった。

「身体を横にいたしましょう。」

手伝いながら体を横たえて、顔に張り付いた髪を払い、はだけた胸元の合わせを詰める。

「アリシア嬢、医師を呼ぶぞ!」戸口で王太子殿下が叫ぶ声が聞こえて、私は目一杯の声を絞り出す。
「必要ありません!ご心配には及びません。それよりユーリーンを!」

恐らく彼女は、殿下のそばにいるだろう。今欲しいのは殿方の手より、女性の手だ。

尚も、はぁはぁと息をする妃殿下の手を握る。

美しいはずの彼女の指先が冷たく、指先が反り返っている。

その手をもみこむように握るともう片方の手で背中をさすりながら耳元に顔を寄せる。

「大丈夫です。少し、呼吸の仕方を忘れてしまっただけですから。ゆっくり呼吸するよう努めてみてくださいませ、特にたくさん吐いてみてください」

またも小さく彼女がうなずくのがわかる。
こちらの声がきちんと聞こえているなら大丈夫だろう。

「吸って、吐いて~、なるべくゆっくり意識しましょう」

静かな声で背をさすりながらやっていると最初は不規則だった呼吸が次第にこちらに合い始める。


「お上手です、少し楽になってまいりましたでしょう?」

声をかけるとこくりとうなずかれる。

瞳からポロポロと涙が流れ落ちてシーツに消えて行く。
呼ばれたユーリーンがパタパタと近づいてくる気配がする。

「お水を一杯こちらに!寝たままなので水差しが欲しいのだけど!」

視線は向けずそれだけ指示をすると、彼女は途中で足を止めた。


「かしこまりました!」

そう言ってまた、パタパタと足音が遠のいて行った。

根気よく声をかけながら、付き合っていくと、妃殿下の呼吸は徐々に落ち着いてきた。

指も元に戻り、元の弾力を取り戻してきた。


ほっと息を吐く
大きな発作でなくてよかった。


「もう大丈夫です。
この部屋には、私しかおりませんので、ご安心くださいませ」

安心させるように手を握る。

熱っぽいうるんだブルーの瞳から、またポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちている。



「ごめんなさい」

ユーリーンの持ってきた水差しでのどを潤すと、かすれた声で妃殿下が口を開いた。

ゆっくり首を振る

「大丈夫です。お辛い思いをされましたね」
水差しを受け取り、ユーリーンに手渡す。


「さっきのは何?私、病気なの?」

潤んだブルーの瞳は、不安そうに揺れている。
あえて微笑んでゆっくりと首を振る。

「パニック発作と私は医師に聞いたことがあります」

「発作?」

どういう事?と訝しげな彼女の手を握る。

「なれない行為に戸惑われたのではございませんか?」


優しく問いただすと、一度彼女は眼を見開き、気まずそうに視線をそらす。

「わかってはいたのですが、どうしても痛くて、でも我慢しなきゃと、そうしているうちにめまいがして」


「我慢しすぎてしまったようですね、お心とお身体を律して居られたのでしょうけれど、限界が来てしまわれたのでしょう。そういう心と体のバランスが崩れた時に起こるらしいのです」


「そうなの?」

私の言葉に妃殿下は首を傾ける。
心当たりは随分あるだろう。


「落ち着いて呼吸を整えればすぐよくなるものですわ、ですからご安心ください」
包んだ手を静かに撫でると、妃殿下はほっとしたように息を吐いた。

大きな病で無かったことが分かっただけで、随分安心したようだ。


「発作を起こされるとずいぶん疲れるものです。お休みになってくださいませ」

静かに声をかけ、枕辺のランプの火を消す。

「殿下は?」

妃殿下のまだわずかに涙に濡れた瞳がまるで星空のようだと思う。

「大層心配しておりますが、大丈夫です。お任せください。」

微笑むと、彼女はほっと息を吐いて、ゆっくりと瞳を閉じた。

どこか疲れたような表情を眺めながら、しばらくついていると、すぐに規則正しい寝息が聞こえる。ほっと一息ついて、布団をかけなおす。

ふと、思い至って、ベッドの上に目を凝らしてみる。

あぁ、良かった。暗がりにうっすらとシーツに血の跡を認めて安堵する。

これがあれば、今夜のところはとりあえず妃殿下はお役目を全うしたといえるだろう。


破瓜の跡があるかないか、それは王族の初夜の後には、大きな意味を持つらしいのだ。とりあえずこれでお二人が初夜に結ばれたことが証明される。

妃殿下付きの臣下の身だ、妃殿下の立場のためにも最悪、自分の指でも傷つけて汚しておこうかと思っていたのだ。


丁寧に布団で隠して、部屋をあとにした。
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