訳アリなの、ごめんなさい
小さなころ家族は4人家族だった。

留守がちでも、いつも優しい父と

厳しくも優しい母

そして身体は弱いけど穏やかな兄

ウェルシモンズ伯爵領は、運河があり土壌が豊かで果樹園が多い、農産物が豊かな場所だった


父は外交官として、政治手腕を買われており、世界中を飛び回っていて、領内のことはほとんど母が行っていた。


どこにでもある。恵まれた伯爵令嬢だった私の人生が、変化したのは10歳の頃だった。


母が病に倒れて、亡くなった。

失意の中、父のオルレア赴任が決まり、母を亡くしたばかりのこども達を放っておけなかった父により、私たち兄妹はオルレアで3年を過ごすことになった。

生まれつき身体の弱かった兄は、南の暖かくて空気のよいオルレアでずいぶんと元気になった。

長い休みの度に、戻ってきては会うブラッドに、何故か毎回照れくさかったのをおぼえている。

3年の赴任が終わり、戻ってきたのは13の頃。


1年が経って17になったブラッドが士官学校にいくことになった時に、正式に婚約の手続きをした。

彼は士官学校を卒業したら迎えにくると約束して、旅立って行った。


その頃から歯車が狂った。

2年後オルレアで調子のよかった兄が、体調を崩すことが多くなり、ある晩ついに発作を起こした。
医師の決死の治療の甲斐なく、兄は20の生涯を閉じた。


残ったのは父と娘だった。

周りの大人の話では、父の功績から私への世襲が特別に認められるだろうとの事で、このウェルシモンズ領は私と夫になる予定のブラッドが守っていく事になるのだと覚悟した。

しかし兄の葬儀が終わって数日、信じられないことが父から告げられた。


父に愛人がいたのだ。


引き合わされた私が見たのは、燃えるような赤毛に歳に見合わない厚化粧を施した、ご婦人と形容するのも躊躇するような品のない中年の女、ベルーナ。そして同じ赤毛で終始ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている父に似た面長の青年トランだった。

母は兄を産んだとき、産後に体調を崩していたらしい。そして生まれた長男も生まれつき心臓が弱いと言われていた。

当時健在だった昔気質で厳しかった祖母は、このままではと焦り、父に愛人を作るよう勧めたらしい。
そして父が手を出したのが、たまたまお忍びで入った飲み屋の看板娘だったベルーナだった。

その女に子を産ませ、次男として育てよう。長男の体の弱さを憂いている妻なら渋々であろうが了解するだろうと。その時父は考えたらしい。


しかし、トランが生まれた頃、母の体調は随分と良くなっていた。
言い出せないまま2年が過ぎ、アリシアが生まれた。兄になにかあってもアリシアがいる。

ますます言い出せなくなった父は、隠し通すことにした。幸せを壊したくない。
なにより母に嫌われたくなかった。


しかし、その母が突然亡くなってしまった。

そこで彼は思った。
長男も長くないかもしれない、そうなればアリシアが継ぐが、男児ではない

なぜそこまで彼が男児にこだわったのかは知らない。厳しかった祖母が我が家は代々直系の男子が世襲している由緒ある家だ!とどこへ出ても吹聴していたのは有名な話しであった。祖母に頭が上がらなかった父が、その言葉に取り憑かれていた可能性はあるのかもしれない。

せめてもの責任と、ベルーナはそれまでも密かに父に養われ、不自由ない生活をしていた。しかし酒に浸り随分と異性のトラブルは多かったらしいが、それはなぜか父の耳には入っていなかった。

そして数年の後に、不幸にも兄が病没した。

そこで父は、彼女を後妻に迎えることに決めたのだ。

平民出身のしかも素行の悪い女を正気かと、周りにも随分窘められたが、彼にはベルーナは、自分の勝手を許してくれた聖母のような女だと思っていた。

ほどなくしてやってきた継母と、腹違いの兄が家族に加わった。


そこからが、地獄の日々の始まりだ


20歳で平民から伯爵家の跡取りとなった兄は、突然手にした財と地位に勘違いをした。

遊び歩き、女を侍らせ、時に領地の酒屋で暴れた。

継母のベルーナは服や宝石を買いあさった。

すぐに彼らの評判は広がり、我が家は後ろ指を刺されることとなる。

父は激怒し、2人を諫め、表向きは2人とも反省をし、行動を改めた。


しかしその反動は全てアリシアに向いた。

その頃アリシアは、父の外交について歩くときもあれば、ブラッドに嫁ぐための準備のため、花嫁教育を受けていた。

父がいない屋敷で、継母と異母兄と顔を合わせぬように注意しながら過ごす日々を送っていた。


まず最初は継母だった。

最初こそ、彼女は反省してそれなりに良い妻であろうとしていたように思えた。しかし平民から突如伯爵夫人になった彼女に対し、他の貴族の婦人達の風当たりは当然ながら強かった。どれだけ豪華な宝石で飾っても、どれだけ仕立ての良いドレスを着ても、身についてしまった仕草や言動は変えることは難しかった。

先々で、嘲笑され無知を馬鹿にされた彼女は次第にイライラすることが多くなってきた。


はじめはほんの些細な事だったように思う。
内容は思い出せないが、彼女からなにかを聞かれて声をかけられて、その日私は急いでいたのだと思う。

簡単な説明をして、出かけようとした時、髪を思い切り引かれたのだ。

「私が何も分からないと、お前まで馬鹿にするのか!?全てはお前の父や母のせいだというのに、お前まで私を嘲笑って!」


見たことがない形相で、私の頭を振りまわし、床に叩きつけると、その場にあった花瓶の水を私の頭からかぶせた。

慌てた使用人達が止めにかかり、事なきを得たが、父に知られると、まずいと思った彼女は、止めに入った使用人達をクビにした。

そして、護衛と言って1人の屈強な男を雇った。

家の中で少しでも彼女やトランの悪口を話そうものなら、その男が、すぐにその者に制裁を加えた。

そしてわたしには、使用人達の身の安全のために黙ることを強要した。

皆が口をつぐむしかなかった。

そうする内に、彼女の行動はどんどんエスカレートした。



はじめは素手での暴力であったのが、鞭を持ち出し、食事を抜いたり水をかけて寒空の下に立たせたりするようになる。
その頃になるとこちらの良し悪しは関係ない、ただ彼女の気の赴くままに行われた。



そしてそれは父が帰ってくるとパタリとなくなるのだ。


そんな頃、父がトランの教育のため外交を退く事が決まった。

良かった、これで大丈夫だ。あとふた月ほどでブラッドも士官学校を卒業する。この家を出られる。

そう思った矢先、それは始まった。
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