訳アリなの、ごめんなさい
「なぜ、ここにいるの?」

教会でブラッドとは分かれて、叔父叔母の別邸に寄って夕食を共にして、私は王太子宮の自分の部屋に帰宅した。

形式的に言えば、今夜は新婚初夜のはずなのだが、自邸ができるまでは事実上の別居婚状態なので、そんな心配もなく安堵していた。


それなのに、、


王太子宮の自室に戻ってみれば、なぜかリビングで茶を飲むブラッドの姿があり、唖然とする。


「夫になったから、リラも快く入れてくれたぞ」
どこか勝ち誇ったように満足そうに笑う彼は、ここに自分がいるのは当然だろうという顔をしている。
 
私は戸口で荷物を取り落として、わなわなと震えた。

「ここは仮にも王太子宮で、私に与えられた私室なのよ!いくら夫でも騎士の貴方が出入りするのは」

「あぁ、殿下には許可をもらっているから安心しろ。ついでに言うと自宅の完成まで住めばいいのにとも言われている」

「はぁ?!」

「あの人今自分が幸せ絶頂期だからな」

流石に住むのは無理だろうけどな!と彼が事もなげに言うので、私は軽く目眩を感じる。

そうなのだ、この少し前、殿下と妃殿下はようやくというべきなのか、ついにと言うべきなのか初夜を完遂したのだ。

それはもう、殿下の喜び様ときたらない。
終始ご機嫌な上、私には功労の褒美と銘打って特別手当てを出すほどだ。

しかし、半分はブラッドの案に乗っかって私に婚姻証明にサインをさせた事への詫びもあるのではないかと思っている。

結局、婚姻証明を書いて受理された後に気づいたのだが、わたしの周りの殆どの人間がグルだったのだ。

なぜ彼がここまでの人間を納得させられたのかは分からないが、妃殿下までもが協力していた事に内心ショックであった。

しかし「私が好きな方と添えなかった分、貴方には添ってもらいたかったのよ」と、悲しげに言われてしまっては、怒ることもできなかった。


「疲れただろう?今日はさっさと寝よう」

かちりと、カップを置く音と共にそう言われて私は目を剥く。

「ねよう?」

「だって今夜は初夜だろう?」

当然の事のように言う彼に私は後ずさる。すぐ後ろの扉にコツンと踵がぶつかった。

「まさか、ここで休むつもり?」

「殿下の許可はもらっている」

「そ、、、」
そんなと、へたり込みかけて、慌てて足に力を入れて堪えた。

なんとなくそんな事をしたら、彼にひょいと持ち上げられて。隣の部屋に連行されそうな予感がした。

そりゃあ新婚初夜というものはそう言うものだろう。しかし、私自身はまだこの結婚にも納得できていない上に、あの悍しい傷跡を残した身体を彼に見られたくないし、幻滅されたくない。


まして、あの事を知られてしまったら、、、。

ぞくりと背筋が冷える。

彼はきっと私に幻滅する。
そうなるのならば、私は知りたくない。

彼の温もりや彼の身体を。
知ってしまったら失った時が辛すぎる。

だが、この局面を逃げきれる術を私は知らない。


すくんでいる私に、痺れを切らしたのか彼が近寄る。

伸ばされた手にびくりと反応すると

一瞬彼の手が止まって、また伸びきて、わたしの腰を掴んだ。

「シャワーをあびておいで。それともこのままでいいか?」

その瞳は、先ほどまでのどこか飄々としたものとは違って、有無を言わせない真剣な色を含んでいて、私は慌てて首を振る。

彼は本気で今夜私を抱くつもりなのだ。
逃す気はないと、その目が語っていた。

私の反応を、シャワーに行くと理解したらしい彼は、そのまま私の腰を抱いてバスルームの前まで誘うと、そこでようやく私を解放した。

私は逃げるようにバスルームに入ると、間違いなく鍵を閉めたことをしっかり確認して服を脱ぎ、目一杯シャワーを出して熱いお湯を頭からかぶった。

どうしょう、逃げられそうもない。
こんな事が分かっていたならば、今夜はノードルフ邸に泊まったのに!


まさかブラッドがここまで強引だとは思わなかった。

以前の彼の言葉を思い出す。

私の意思は考えないのかと聞いた私に彼は

「完全に、無視しているわけではないと思う」
と答えた事があった。

彼自身、私の気持ちは分かっている。だからこそ、この結婚を無理やり進めたのだ。

そして、そのやり方に私が怒っているものの、彼と夫婦になる事は心の底では嫌だと思っていない事も、きっと彼は知っているのだ。

ふと後ろの鏡に映る自分の姿を確認する。

この背中に走る無数の醜い傷を彼に見られるのか。
そう思うと鉛を飲んだように喉の奥が重くなる。

彼等に弄ばれた事を否応なくこの傷が思い出させる。

この傷がある限り逃げらないのだと。

これを見た彼は、どう思うのだろうか。
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