訳アリなの、ごめんなさい
その日は久しぶりに天気も良くて、でもそのせいか気温は凍てつくほど寒い日だった。

いつもよりゆっくり慎重に走る馬車の中で、私は目の前に座る妃殿下の顔を窺った。

「大丈夫ですか?」

「えぇ、、ちょっと酔いそうなだけ、、今日は調子もいい方だし心配しないで?」


にこりと微笑んだ彼女は、少し疲れた顔をしているものの、本人の言葉通りいつもに比べては調子は良さそうだ。

「座ってお茶をいただいて、お話するだけですもの問題ないわ」

「少しでも調子が悪いと思ったら言ってくださいね?」

「えぇ、大丈夫よ」

懐妊が分かってから、妃殿下の外出の予定は随分減らされ、王太子宮でゆったり過ごす時間が増えたのだが、やはり外せないものもあって、、、それが今日の予定。

王太后様。つまり王太子殿下のお祖母様にあたる方のお誕生日の会に呼ばれているのだ。

この国がここまで大きく発展して、安定したのは先代の王陛下の御代で、その陛下を支えた賢妃である。

10年前に夫を亡くしながらも、御歳70の節目を迎え、未だにとてもお元気でいらっしゃるのだ。
そんな彼女は、孫の中でも王太子ラドルフ殿下を幼い頃から可愛がっていたため、彼が自ら選んだ妃であるセルーナ様にも目をかけてくださっていた。

少し前に懐妊を知ったときには、周りが心配になるほど大喜びしていたという。

今日はその報告も兼ねて、お祝いの席に出席する事になっているのだ。
参加者は極々身内で、王太后陛下の娘たちや孫、そして息子の嫁達とそのまた嫁達、、、つまりはお祖母様に連なる女性親族による女子会である。


ダンスも、移動も必要のない会であるため、体調さえ問題なければ参加へのハードルは低かった。



彼女の悪阻は空腹になるとひどくなるものであると言うので、振る舞われる料理を少しずつつまんでいれば、なんとか切り抜けられそう、、という事らしい。


「こちらの冬は本当に冷えるのね?」

温暖な国出身の彼女は、毛皮のコートを着て、それでも寒そうにしている。


「今が一番寒い頃です。ひと月ほどすると少しは寒さも和らいできますよ」

そう話せば、妃殿下は「まだひと月も寒いの?」と、少し引きつっていた。


「あら、セルーナ様!イヤリングが、、、」

しばらく馬車が走って、そろそろ王太后陛下の居所に到着するという頃になって、私は妃殿下の耳元のイヤリングが片方なくなっている事に気がついた。


「え?あら、ほんと!まぁどうしましょう」

慌てて手を耳に持っていった妃殿下も、そこにつけていたはずのイヤリングがなくなっている事に気がついた。

たしか、あのイヤリングは、ご婚姻の際に王太后様から頂いたもので、今日は特別に選んでつけてきたものだ。

「お探ししますわ」

そう言って妃殿下の足元と首周りやドレスの飾りの生地を確認するが、見当たらない。

彼女が足を伸ばせるよう、向かい側、というより対面に座っていた私から、その位置を確認することができなかったから、いつから無いのかも検討がつかない。


「もしかして馬車に乗る前に落としたのかもしれないわ」



「その可能性はありますね」

「どうしましょう」

困ったように、瞳を揺らした妃殿下はもう一つのイヤリングを片耳から取り、それを見つめた。


婚礼の際に王太后陛下から彼女にはいくつかのイヤリングとネックレスがプレゼントされている。

彼女が今つけているネックレスもそれで、真珠と雫型にカットされた七色の光を放つダイヤモンドが首元で美しく光っている。

イヤリングを沢山もらっておきながら、アップスタイルにして出した耳に他のものならまだしも何もつけていないというのは頂けない。

おそらく、他の婦人方も王太后陛下から頂いたアクセサリーで着飾ってくるはずだ。



「到着しても、まだしばらく時間がありますわ!私が他に頂いたものを取りに行って参りましょう!」


妃殿下の手をとり安心させるように彼女の顔を覗き込む。

幸い、身重の彼女が移動後にも少し休めるように、早めに出てきたのだ。王太后陛下の側も、移動後に彼女が休むための部屋を用意してくれているらしいので、彼女にはそこで待ってもらう。その間に自分が王太子宮に戻り宮の者たちにイヤリングを探すよう頼んで、自分は彼女が王太后からもらった他のイヤリングを持ってすぐに戻ってくる。

王太子宮にはユーリーンが残っているから、彼女に聞けばすぐに他のものが用意できるだろう。

妃殿下のそばには世話用の侍女達がきているので、私が一時いなくても問題ない。

「ごめんなさい、アーシャ」

申し訳なさそうに眉を下げる妃殿下に私は首を振る。

そして彼女を見つめて、努めて力強く微笑む

「大丈夫です。おまかせ下さい。」
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