燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
午前の診察が終わって医局に顔を出すと、そこに工藤がいた。
「あ、もう帰っちゃったか」
僕が言うと、工藤は、頷いて続ける。
「つばめちゃん、不安に思ってるみたい。『あたしはあたしのままでいられない気がした』って言ってた。きっとなにか思い出そうとしてるんだ。思い出す日も、近いと思う」
詳しく聞こうとした時、院内コールが鳴った。
「鳴ってるよ?」
「あ……うん、またあとで詳しく」
そう言って、工藤と別れて、
それから救急処置に時間がかかってしまって、気付いたら夜になっていた。
家に帰ってみると、つばめは僕から目をそらした。
一緒に暮らし始めてからこんなことは始めてで戸惑う。
もしかして思い出したのか……?
そんな不安が胸によぎった。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
「……どうしたの?」
「ううん」
「いつもなら飛びついてくるのに」
「……え」
僕はつばめを緊張させないように、何気なく話し出した。
「今日、工藤んとこ行ってきたんでしょ?」
「うん」
「つばめ?」
やっぱりつばめの様子がヘンだ。
髪を触ろうと手を伸ばすと、その手からつばめが身体をそらし、
「そういえばね、旅行先見つけたの! よさそうなとこ。お部屋に露天風呂がついててね! ちょっと高いけど、いいかな?」
という。
「……もちろんいいけど」
「よかった」
とつばめは見たことのない作り笑いをした。
僕の前からつばめがいなくなりそうな気がして、
思わずつばめの腕を掴んでしまう。
「つばめ、ちょっと」
「なっ……なに……!」
「どうしたの? 泣いてる……」
「え……」
つばめはぽろぽろと涙を流していて、
そして小さく震えていた。
「それに、震えてる?」
「……なんでもない」
「なんでもなくないよね」
―――どうしたらいい?
どうしたら……。