燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
「つばめ?」
天馬先生の声が響いて、私は慌てて顔を上げた。
「ほとんど荷物もなかったし大丈夫です。でも、一枚、ワンピースがなくて」
「え?」
そう、私が着ていたはずのワンピース。あれがない。
「私、ここに運ばれてきたとき、どんな服着てました?」
「汚れてたし、洗ってもとれないから、たぶんお母さんが捨てるって言ってた」
その回答に私はショックを受ける。
「そうですか。あれ、ラクだったのになぁ」
と言うか、バタバタした朝に着替えが数十秒で住む逸品だ。
それはそれでお年頃の女子としてはどうなんだろうと思わないこともないが。
「また買えばいい。今度の休み、買い物に行こう」
「先生、休みなんてないでしょう」
私が言うと、隣にいた一条先生が、ふふふ、と笑う。
「ふっふっふ! それがあるのよ~! 新しく入ってきた先生は引き抜き組で、もともと腕がいい! ほんと助かるわぁ」
「勤務時間外緊急呼び出しが激減したよな」
「ま、天馬先生の場合、必要以上にオペ引き受けてただけもあるけどね」
「……そうなんですか?」
「そりゃ、つばめちゃんの相手にふさわしい人間になるために……」
「一条」
天馬先生が一条先生の言葉を制するように名を呼ぶ。一条先生は不服そうに頬を膨らませる。
「えー、いいじゃん。3か月前ってことはそこからでしょう」
「そういう事は自分で伝えるから」
「だめよ、この人のいう事、真に受けちゃ。絶対、そつなくこなして、完璧でかっこいい人間装うだろうけど。でもね、実際は、つばめちゃんのために、バカみたいに一所懸命になっちゃってたんだから」
「いーちーじょーうー!」
慌てたように、怒ったように、天馬先生が言う。
―――私のためって……?
私が悩んでいると、
「はいはい。邪魔者はいなくなりますよーだ。私だって、色々忙しいの」
と言って一条先生は手を振ってその場を去っていった。