生贄になる予定が魔界の王子に頭突きを食らわせてしまいました
「あと僕のこの青い石のピアスも迷い人に教えて貰った技術で作ったものなんですよ」

 言われてクライヴェルの耳を見ると、確かにアリシアの世界でよく売られているような形のピアスが光っていた。そして更によく見ると耳の上の方がちょっとだけ尖っていた。
 人間とは異なる耳の形だが、クライヴェルの心に触れた今はなんだかそれが可愛く見える。

「じゃあ私が今着ているドレスも競売に?」

「花嫁が現れるのは20年ぶりなので凄い競争率になるでしょうね」

 もしや、これは一獲千金のチャンス?!

「あ、帰郷される場合は手数料として全額国に寄付していただきますし、魔界で暮らす場合も生活手段が見つかるまでの平均的な生活費を引いて残りは全て国に納めていただいてます。城下に人間が集まった職人街が有るので皆さんすぐここでの生活に馴染まれますよ」

「刹那の夢だったわ……」

「大丈夫。アリシアのことは僕が養います」

 ガックリと肩を落とすアリシアの手を撫でながらクライヴェルが熱く囁く。

「ありがとう。でもまだここに残るか帰るかも決めていないし、たまたまご縁が有ったあなたにそこまで面倒見て貰うわけには……」

 クライヴェルはよほど責任感の強い王子なのだろう。まだ出会って数刻のアリシアにそこまで言ってくれるなんてあの大神官たちにクライヴェルの爪の垢をのませてやりたい。

「いいえアリシア。僕はこの初恋を逃がす気は無いんです」

 ……うん?

「青い月は七晩続くと白く戻り、次にいつまた青くなるかはわかりません。二つの月が消える新月の晩の訪れも周期が定まっていない。だから、今夜が僕の初恋を繋ぎとめるための正念場なんです」

 ぐっと重ねた手を力強く握られる。

「そ、そうなの? なんだかよくわからないけど助けて貰ったお礼に協力するから、私にできることが有ったら言ってね……?」

「はい! 是非協力してください!」

 なんだかただならぬ気迫を感じる。

 でもそうか。あの婚礼の儀から自分を救いだしてくれたのはこの美しい青年だったのか。

(神殿に現れた時は一体どんな禍々しい存在かと思ったけど……)


 …………ん?


 と言うことは、長年騒音問題に苦労していた上にわざわざ保護しに来てくれた恩人に、自分は頭突きをぶちかましたのだろうか。

「ね、ねえヴェル……?」

「なんでしょうアリシア」

 名前を呼ばれただけで何故か極上の笑顔を浮かべるクライヴェルの唇は、やはり端が切れていて痛々しい。

「もしかしてその唇の傷は私の頭突きが原因で……?」

「あぁアリシア! 貴女からその話題に触れてくださるなんて」

 まなじりをほんのり桃色に染めてうっとりと笑う顔は、まるで可憐な乙女のようだ。
 眼を狙ったつもりだったけどぶつかったのは口だったのか。

「やっぱり治療するから見せてちょうだい!」

 立ちあがってクライヴェルの側に寄り傷にそっと触れる。
 すると、

 ……その手に何故か、口づけられた。

 驚いて身を引こうとするアリシアに構わず、ちゅっちゅっちゅっとクライヴェルは何度も指先に唇を落とす。

「アリシア、僕は今まで何人もの女性に誘われてそれなりの付き合いを経験してきましたが、恋はしたことこがありませんでした」

「ヴェ、ヴェルは女性に人気が有る……の、ねっ?」

 それが今自分の指先に起こっている事態となんの関係が有るのか。

 この状況もクライヴェルの話も、6才から神殿で過ごし恋愛とはほぼ無縁だったアリシアには刺激が強すぎる。

「初対面で僕に頭突きを食らわせた女性は、貴女が初めてなんです」

 ぐっと腰を引き寄せられ椅子の上のクライヴェルの膝へ倒れこむ。

「一国の王子様に頭突きを食らわせる人なんて、男性でもめったにいないわよねっ」

 なんとか降りようともがくが、軽々とクライヴェルの膝に腰かける形に抱え直されてしまった。

「目の前に星が散って世界がぐらぐらと揺れる感覚に、これが初恋なんだと口に広がる血の味を感じながら確信しました」

「それ、たぶん普通に脳震盪っ!」

 ふわり。とまるで重さを感じていないように、最初に目を覚ましたベッドへと横抱きで運ばれる。


「僕、母が淫魔なので閨事には自信があるんです」


 絡めた指をシーツに押さえつけられながら、とんでもない爆弾発言を落とされた。

「だから、とりあえずまずは、既成事実を作って肉体(からだ)から好きになって貰おうと思って」

 そう自分の唇の傷を舐めながら妖艶に笑うクライヴェルの顔は、恐ろしいほどに美しかった。



 あ、こいつやっぱり魔族だわ。

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