生贄になる予定が魔界の王子に頭突きを食らわせてしまいました
 そよそよと爽やかな風が頬を撫でていく。

 昨日はまるで真夏の熱帯夜のようだと思ったが、昼食前の今は初夏のように過ごしやすい。

(魔界にも、朝って来るんだ。そして太陽は一つなんだ……)

 衝撃的な初めての経験に気を失って明け方に目を覚ましたアリシアは、湯あみと食事をさせて貰い、城の庭園の芝生の上で微睡でいた。

 そして横座りをしたアリシアの膝の上にはこの国の王子の頭がある。

 胸の上で手を組んで瞼を閉じたクライヴェルからはすぅすぅと寝息が聞こえた。

 酩酊状態から醒めてもアリシアが自分を拒否しないこと、青い月が沈んで人間界への扉が閉じられたことに安心したらしい。

(本当に綺麗な顔……)

 彼にはなし崩しに乙女を散らされ、すぐに元の世界に戻るという選択肢を潰されてしまったが、この顔は嫌いじゃないと思った。

 それどころか嬉しそうに笑う顔はもっと見ていたいとすら思う。

 さらり……とクライヴェルの前髪を除けてそっと瞼に触れる。

(この瞼の下にある、青い月のような瞳も優しいわ)

 瞼に、鼻筋に、頬に。
 胸の中に生まれた温かな感情のままに指を滑らせる。

(そして……この唇の傷を大事だと言うあなたを大切にしたいと思う)

 この感情を何と呼ぶのだろう?

 ふと、物思いにふけっていたアリシアの視界に小さな影が映った。

 城で働く誰かの子供なのだろうか。3、4才くらいの男の子が元気に走り回っている。

(危ない!)

 思った瞬間には転んでしまった。
 どこかぶつけたのだろうか、大きな目には涙が浮かび始めていた。

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