夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 両手が塞がっているので、肘でインターホンのボタンを押す。
 すぐにドアの向こうから音がして、スウェット姿の久保田さんが出てきた。
 今起きた、みたいな顔をしている。眠たそう。
 でも、三原さんから聞いた通り、顔色が悪い。血の気が全く無い。
「え……」
 私を見て、驚いている。
 あれ?太一が連絡したはずだよね。
「あの、煮込みうどん持ってきました」
「あ、ああ、あの、太一君だと思って、すみません。どうぞ」
 ああやられた。きっと、太一の連絡は『うどんを持って行く』だけで、誰が持って行くかは言ってなかったんだ。だから久保田さんは、太一が来たと思って出てきたらしい。
「……お邪魔します」
 私じゃない方が良かったのかな、と思いつつ、かと言ってこのまま帰れないし、とにかく中に入る。
 促されてキッチンに行き、土鍋をコンロに、丼が入った袋を調理台に置く。
「すみません、わざわざ来ていただいて」
 玄関で私を先に通した久保田さんは、後から付いてきていた。
「体調はどうですか?」
 コンロに火をつけながら聞く。
「眠ったら大分良くなりました」
「でもまだ顔色悪いです」
「ああ……なんか寒くて」
 顔色は青白くなっていた。
「もしかして、お昼ご飯食べてない、とか?」
 目が合ったら、ごまかすように笑った。
 これは、もしかして。
「朝からなにも食べてない、とか?」
 今度は目をそらされた。
「もしかして、昨日のお昼を食べたっきりですか?」
「あー……そうですね……」
「だからですよ、寒いのは。ちゃんと食べないと」
 責める口調にならないように気をつけて言う。
 久保田さんは、ははっと笑った。
「そうですね。太一君の作ったご飯が食べたかったんで、今かなり嬉しいです」
 土鍋がぐつぐつ言い出した。
 袋の中の丼を出そうと中を見たら、卵が入っていた。
 フタを取って、麺の間に割り入れて、またフタをする。
「いい匂いですね」
 久保田さんはにこにこして嬉しそうだ。
「あの、座っててください。すぐにできますから」
 そう言ったら、うーんとうなった。
「持って行きますよ」
「じゃあ、これお願いします」
 箸とレンゲを渡す。
 受け取った久保田さんは、あれ?という顔をした。
「二膳?」
「私の分です。太一が……ここで食べてきてって……」
 ああ言ってて凄く恥ずかしい。
 だから、久保田さんをリビングへと押しやった。
「とりあえず持ってって、座っててください。すぐ行きますから」
 久保田さんは何か言いたそうにしたけど、おとなしくリビングに行った。

 卵が固まってきた頃に、小さなタッパーに入った長ネギを散らす。太一ってば気がききすぎだよ、と帰ったら言おう。ほんとに小学生か。
 フタを閉めて、火を止める。あとは余熱。
 ふと視線を感じて顔を上げたら、久保田さんがこっちを見ている。
 目が合うと、くるっと向こうを向いてしまった。
 何か欲しいものでもあるのかな、と思いながらうどんを丼に盛りつけて、運ぶ。お盆なんてないから、両手に持つ。プラスチック製の丼で良かった。
 リビングのローテーブルにうどんを置く。
 久保田さんはソファに座っていたけど、私が行くと、床に降りた。
「おいしそうですね」
「どうぞ」
「いただきます」
 手を合わせた久保田さんは、まずレンゲで汁を口に入れた。
「ああ……」
 凄く嬉しそうな表情。
「太一君のご飯だ……」
 そう言って、あっという間にうどんを食べ終わった。
 私、まだ半分しか食べてないのに。
「おかわり、少しならありますよ」
 立ち上がろうとしたら、手で制された。
「自分でやりますよ」
 にこ、と笑う。
「でも病人だし」
「もう治りました」
 スタスタとキッチンに行って、うどんを追加して戻ってくる。
「やっぱり太一のご飯はおいしいです」
 眩しい程の笑顔で言われた。
 ああ、この笑顔は破壊力抜群だ。
 話の後、もし受け入れてもらえなかった時には、これを心の栄養にしよう。
 そう思いながら、うどんを食べ終わる。
 久保田さんも、同時におかわりを食べ終わった。

 太一がいないし、家具も違う。
 いつもとは違う夕ご飯だけど、いつもみたいに落ち着く。
 多分、久保田さんがいるからだ。

「コーヒーくらいしかないんですけど、いいですか?」
 久保田さんが立ち上がる。私も、自分の丼を持った。
「太一がお茶も入れてくれてました」
 そう言ったら、久保田さんはははっと笑った。
「さすが太一君」
「ちょっと気が利きすぎですよね」
「いいですよ、きっと将来に活かせますよ」
「だといいんですけど」
 丼に水を入れて、久保田さんがカップを出してくれた。白いコーヒーカップと黒いマグカップ。これしか無いんだそうだ。
 私は袋から水筒を出して、テーブルに戻る。
 フタを開けたら、ふわっと麦茶の匂いがした。
「ああ、いつものお茶ですね」
 久保田さんが、また嬉しそうに言う。
 あったかいうどんで体もあったまったみたい。顔色が少し良くなってる。
 マグカップに麦茶を注いで、久保田さんに渡す。
 コーヒーカップにも入れて、ちょうど2杯分だった。
 お茶を飲んで、まったりしてしまう。



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