朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加



《おはようございます。
アシスタントの件、
主人に学生時代のツテで探してもらっています。
那津君が、青砥さん以外の人を雇うとは
どうしても思えませんが。

青砥さんは、今日、勝負の日ですね。》 




電車に揺られている時、
届いた1通のメールは香月さんからだった。

いただいた名刺のアドレスに連絡をして、
「あの男を支えられる人を探したい」と相談した。

出会って間もない私がお願いするのも
申し訳なかったけれど他に術が見つからなかった。


出来れば、デザインだとかそういう面でも知識の長けた人を、と考えたら那津さんの同級生である、香月さんの旦那さんしか浮かばなかった。



《本当にありがとうございます。
ご無理申し上げてすみません。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。

はい、足が震えて情けないですが
頑張ってきます。》


そう返事を送った時、タイミング良く私がいつも降りていた駅の名前を、無機質なアナウンスが告げた。




◻︎


「青砥、久しぶりだな。」

「はい。」


久しぶりに会社に出勤した私は、課長に出迎えられて営業部のフロア近くの会議室へと入った。

向かい合うように座った私に、課長は「この2ヶ月間どうしてた?」と尋ねるけど、どこか落ち着かない様子で、本題にすぐ入りたいのが伝わる。


「……電話でも話したが、×社の案件のアカプラはお前にやっぱりお願いしたい。」

「…2ヶ月も、ブランクがあるのにですか。」


「横溝さんが、やっぱりお前と仕事がしたいって言ってくださってるんだ。
そんな風に思われること、なかなか無いだろ。

青砥、得てきた「信頼」は大事にすべきだ。
復職でこんな大きい案件できたら、お前にとってもチャンスだよ。」


大きな手振りで、必死に私に伝えてくる課長の言葉を聞けば聞くほどに、少しずつ頭が冷えた。


この建物に入った時からずっと、
足は震えているし手汗だって凄い。


____だけど、私、この人に言うことがあるから。


「課長。私は、この会社には戻りません。」
 
告げたら目の前の瞳が当然大きく見開かれた。
私の発言が全く予想も理解も出来ない、そういう困惑を読み取った。 


「…課長は、どうだって良いんですよね。」

「え?」

「例えば私があの日、横溝さんに何をされていようがいまいが、そんなことは関係が無いんですよね?

"クライアントを怒らせた私が悪かった"
それはもう揺るがないことなんだと、知りました。」

「……」

「じゃなきゃ、電話でも、今でも。

横溝さんが”言ってくださってる”なんて。

向こうを全面に立てるような、
そんな言い方は、絶対、出てこない筈なんです。」



”お前は謝ることをいつしたの。”
 
あの男の声を勝手に支えにしたら、息を何とか吸えたから、また、震える声でもなんとか言葉を繋げた。



「ずっと間違えていました。」

違和感を抱えて、
横溝さんをただひたすら怖がって。

クライアントだからと、なんとか自分を殺した。
心はもう、とっくに悲鳴を上げていたけど、
気付かないフリをした。


それを「信頼」だと、思おうとした。



でも、多分、そういうことじゃない。


例えば、那津さんと香月さんみたいな。

昔、一緒に素敵な作品を作り上げた2人は、
お互いをきっと信じ合ってる。


香月さんだけじゃ無い。


まだそんなに沢山は居ないけど、あの2ヶ月で私は

”那津さんにお願いしたい"

そう連絡してくる人を見てきた。


___「信頼」って、そういうことでしょう?


綺麗事だって、言われても。

綺麗なものに一度触れたら、忘れたく無い。

そんな素敵な関係で私も出来る限り仕事したいって、その気持ちを、私は、もう、殺せない。



だって、そうじゃなきゃ。


"転職、されるんですか?"

"はい。私、アカプラの仕事は続けたいんです。
でもあの会社に居たら、意味は無いから。


今は、まだ、無理でも。

いつかあの男に
「青砥のためにデザイン考える」って。

アカプラとして一緒に仕事したいって、
思ってもらえる私に、なりたいんです。"


そうじゃなきゃ、

___あの男に、認めてもらえる自分にはなれない。



香月さんにだけは、アシスタントのことを相談した時にそう打ち明けていた。

もう、自分に嘘は吐かない。



「…今まで、ありがとうございました。
私は、私の、新しい場所を見つけます。」


あの人が、やるじゃんって、
笑ってくれる仕事を沢山したい。


退職届を差し出して深くお辞儀をしたら、
ずっと堪えていた涙が出そうになったから、
必死に瞳をぎゅっと瞑る。


"______その。"


こんな時でも絶えずずっと、あの男の声を思い出して会いたくなる気持ちばかり募らせている。


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