朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
ビルの立ち並ぶオフィス街には、この朝の中途半端な時間だとあまり人気は多くない。
退職届を提出した私は、まだ手続き上色々とあるのだろうけど、無職になった。
だけど、この沢山の建物がひしめく場所を通り過ぎる自分の足取りは、そこまで重くなかった。
「……あ、れ、」
そのまま駅に向かう中で、頬がやけに濡れて視界がぼやけていくことに嫌でも気づく。
ホッとしたのか、怖かったのか、
あらゆる感情が混ざり合った涙を手で確認したらやはり自分の弱さも痛感したけど、後悔は無い。
バッグの外ポケットに忍ばせたスマホが震えて、取り出すと【着信:香月 蘭子】と表示されていた。
「…もしもし。」
"あ、香月です。
すみません、どうしても気になって。"
電話越しでもやはり、凛とした声だ。
出会ったばかりの人間のことを、ここまで気にかけてくれる優しさに、涙の中でもちゃんと心からの笑顔が溢れた。
「ご心配をおかけしました。
きちんと、退職届を提出してきました。」
"…そうですか。お疲れ様でした。"
「……ありがとう、ございます。」
私はこの人の前で、情けなく震えた声を沢山出してばかりいるけど、香月さんは絶対にそこを指摘してこない。
"…青砥さん。"
「…はい?」
"私はやっぱり、伝えるべきだと思ったことは、
伝えるようにしています。
例えば、後から那津君に怒られても。
後悔したくは無いので。"
突然の切り出し方とあの男の名前に戸惑って、
進めていた足もそのスピードがまた遅くなる。
その後すぐに辿り着いた、いつも使ってきた地下鉄の入り口付近でいよいよ立ち止まった。
"…那津君が以前手がけた、
弊社の周年広告のデザイン。"
「はい。」
"あれは本当は、デザインだけではなくて、キャッチコピーを含めて全て、那津君が手がけたものです。"
「……え?」
"通常、代理店ではデザイナーとは別に、コピーライターの方がいらっしゃるそうですね。"
「…そうですね。」
"…弊社に案を出される前段階で、まず社内でのコンペがあって。
そこで那津君がデザインと一緒に考案したキャッチコピーが、あの時の広告のコピーになっています。"
『そりゃあ企業研究の時に”那津 依織”のいろんな作品、見ましたから。
でもあれは、那津さんのデザインだけじゃなくて、キャッチコピー含めて、凄く好きですね。』
『……お前見る目あるじゃん。』
『え、何ですか急に。偉そう。』
男と以前交わした言葉は、鮮明に思い出された。
どうして言ってくれなかったんだろうと、当然生まれた疑問を香月さんに共有しようとした私を、彼女は見通していた。
"___でも、キャッチコピーは「那津君のもの」と、
弊社では公表されませんでした。
代理店でも、この作品を紹介される時は、キャッチコピーに関しては那津君の名前は出ていませんよね?"
「……、」
たしかに、そうだ。
そう気づいたら、ざわざわと、
嫌な予感と嫌な心臓の動き方が止まらない。
"…代理店の中で、同じように社内コンペに参加していた、所謂「大御所」と呼ばれるコピーライターの方の顔を立てるべきだと。
まだまだ無名の、しかもデザイナーの新人に負けたなんて、やっぱり角が立つと。
代理店側が、那津君に突きつけた答えは、
あまりに酷でした。"
『デザイン"は"、採用する。ただしコピーはあくまでライターが考えたものにして、クレジットを明かさないこと。
お前は、デザイナーなんだから。同じ会社内でのことだし、"それが誰のものか"なんて、そこまで関係ないだろ?』
「……、」
胸に、張り裂けそうな痛みが走る。
『…クソだな。結局いつもそうだ。
俺が見て見ぬふりしてきただけだ。』
『そうやって保険かけて、ずっとぬるい世界で、
体裁気にして、ぬるいもん作ってろ。』
自分の言葉を含めた
作品の全ては認めてもらえないのに。
そこからずっと、デザインが選ばれる度に
"ご利益デザイナー"だなんて
都合の良い名前で呼ばれて。
あの人は、どんな気持ちで、私を庇ってくれたの。