朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加


「…今度は嫁かよ。」

画面に表示された【香月 蘭子】の名前にそんな言葉と苦笑いが漏れた。


”那津君。やっとつながった。
朝1番でかけてたのにどうして無視するの。”

「ああ悪い、さっきまで寝てた。」

”独立した事務所の社長は、
随分と朝はゆっくりなようで。”


ハキハキとした声は、
皮肉までこざっぱりと伝えてくる。


「…良いんだよ、早起きする理由ねーから。」

”そんなことはどうでも良いのだけど。”

「なんなんだよお前は。」


”私、伝えるべきだと思ったことは、
やっぱり伝えようと思って。”


意志の強い言葉を紡ぐこの女は、背筋もいつだってピンと伸びて揺らぎが見えない。

心の隙も全然無さそうで、皇がアプローチし続けていた頃もずっとそうで、「この女は無理だろ」とよく思ったことを何故だかふと、思い出した。



「何?」

”…そもそも人様のラブレターを見てしまった
申し訳なさもある。”

「は?」

”うちのプロモの没ラフ。皇に見せてもらった。”

「…おい、契約違反じゃねえの。」

”没だし、まだ友人に相談した段階だから
セーフだって言ってたけど。”

「…お前の旦那のそういうとこ、本当面倒。」

人当たりの良さそうな顔で、上手い具合にきちんと抜かりなく事を運ぼうとする。

深い溜息と共に告げたら、クスリと鼓膜を掠める珍しい笑い声だけが聞こえた。



”那津君。
あれ、別に伝わらなくても良いと思ってるの?”

「……思ってる。」


”嘘つきだね、那津君は。”


やっぱり、何故だかこの女の言葉は、無駄なものが一切無くて、ただじっと耳を傾けてしまう、そういう力があるように思う。



”人が言葉を紡ぐのに、誰かに伝えたいって気持ちが1ミリも無いなんて、きっと嘘。
どんなかたちでも、それがどんなに数少ない、たった1人に向けてでも、絶対どこかに”伝わってほしい”って感情を抱えるから、言葉は生まれるんでしょう。

だから那津君は、コピーライターという仕事にもずっと、魅力を感じているんじゃないの?”



恐らく俺がデザインだけじゃなくて、全てをトータルでやっていきたいと言ったのも皇から聞いたのだとそこで察する。

背もたれに預けていた身体を少しだけ起こすと、ぎ、と無機質な椅子の音が部屋に響いた。



「…俺は、あいつの邪魔をしたいわけじゃない。
踏み出したいならそれは、応援すべきだと思ってきた。」


ずっと抱えてきた葛藤は、どちらを優先するかなんて最初から決まっていた。

決まりきっていたから、しんどかった。



"那津君。
青砥さんの”大丈夫”を、どこまで信用してるの?"

「は?」

予想をしていない質問に、素で言葉が漏れる。


どういう意味だと、こちらから再び問わなくても、蘭子の方が言葉を繋いだ。


"青砥さんは今日、復職の手続きをしに行ったんじゃなくて、退職届を出しに行ったんだよ。"


そして告げられたことに、
即座に何も反応が出来なかった。


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