朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
そのままビルのフロアを降りて、店内の雰囲気がお洒落で可愛らしい色合いのインテリアショップへと連れられた。
「…俺の家、何にも無いから。」
「なんにも?」
「事務所で過ごすことの方が、時間で換算したら圧倒的に長いし。
夜寝るために帰るくらいだったから、食器類も殆ど無い。」
そういえば私が居た2ヶ月間、男は事務所に寝泊まりすることは一度も無かった。
どこか制作でキリのいいところを見つけて、必ず帰っていく後ろ姿をいつも見送っていた。
「確かに、那津さんは仕事のオンとオフ、ちゃんとするようになったんだなって思ってました。」
「は?」
「…え、違うんですか?」
会社に勤めてた頃は、平日の殆どをあの会議室で過ごしていた男が、しっかり夜は家に帰るようになった。
それは、朝食のリハビリも含めて、
"そういうことだ"と思っていたのだけど。
素直に聞き返した瞬間、私の手を握るのとは別の手が徐に伸びてきて、そのまま割と強い力で頬をつねられた。
「…い、痛いです。何故。」
「ムカついたから。」
「え!?」
どこが癇に障ったのか全く検討がつかない。
焦って一心不乱にその険しい顔を見つめたら、何かを諦めたような息を吐いて、解放された。
「まあ良いか。後で分からせる。」
「…説教を引きずるタイプの上司だった。」
「真摯に部下と向き合う社長ですけど。」
丁寧に訂正されて、押し黙ったら今度は緩やかに口角を上げてまた歩き出す。
怒ってるって言う割には楽しそうだし、そういう顔が私の心臓の動き方に、きちんと影響を与えていると、この男は分かっているのだろうか。
「…何、買うんですか?」
「その。敬語無し。」
「……、」
「上司と部下はこんな風に手繋がないだろ。」
それはさっき、自分でも思ったけれど。
なんせ私は今までずっと、この男と朝の時間以外は「部下として」の境界線を守ることに必死だった。
そこがブレてしまったら、私はきっと、感情を溢れかえらせてしまうと怖かった。
「…さっき、自分でも社長って言ってたのに。」
「お前が頑なだから乗っただけ。」
私の手を引いて前を歩く男は、緩く視線を動かして食器コーナーを物色しつつまるで歌うように軽く告げる。
「依織。」
「なに。」
「…なんでもない。」
そっか、私、こんな時間でも、
"依織"って名前で呼んでも良いんだと。
触れ合った熱を大切に確かめるようにぎゅう、と握ったら当たり前のように握り返された。
「…その。カーテン選んで。」
「カーテン?」
「…越してきた時のままのやつだから古びてきてる。買い替えたいって思ってたんだよな。」
「え、私のセンスですか。」
「何、嫌?」
「いや、というか。
依織の部屋どうせお洒落でしょ?
プレッシャーだなあ。」
見たこともないけど、きっとセンスのある男の部屋だ。当然お洒落に暮らしている気がする。
「どうせってなんだよ」と楽しそうに笑った男がまた私の名前を呼ぶ。
「…なんでも良いよ。お前が好きなやつ。」
「好きなやつ…、」
「___お前がこれなら毎朝、
窓見てみようかなって思えるデザインのやつ。」
あまりに優しく笑って条件を提示された。
やっぱり、この男は狡い。