朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
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「え、那津さんが担当してくださるんですか!?」
「そう。良かったなあ、青砥。
まあ、扱いには苦戦すると思うけど、
とりあえず、あいつ居れば大丈夫だから。」
「は、はあ…」
今回のこの大きなコンペに、アカプラとして抜擢してもらえたことは嬉しくて、気合も充分入っていた。
そして、一緒に企画をつくるチームメンバーをアートディレクターを兼ねる課長に教えてもらう途中、デザインをあの"那津 依織"が担当すると知って、大きな声が出てしまった。
那津さんのことを知らない人なんか、きっとうちの会社には居ない。グラフィックデザイナーとしての彼の作品は当然、就活中からこの会社を調べる上でも"代表作"として、数多く、目の当たりにしてきた。
あっという間に興味を惹きつける高いデザイン性。
人が抱く印象なんか、おそらくその広告を視界に収めた、たったの数秒で決まってしまう。
でもこの人は、その数秒に勝負できる圧倒的なセンスを持っているのだと。
素人が見たって、それは嫌と言うほどに感じていた。
「アカプラの青砥 その です。
ご一緒させていただくのは初めてだと思いますが、どうぞよろしくお願いします。」
「……どうも。那津 依織です。」
社内のデザイナーさんとの打ち合わせは、共有スペースで行われることが多かったから、こうしてデザイン部の島があるフロアに足を踏み入れるのは、初めてに近い。
とにかく多くの案件の〆切を抱えて、製作のために不規則な働き方をする人も多いから、このフロアは仮眠室がいくつかある。(元々は普通の会議室だったのに)
"那津は、フロアの奥のroom2に
よく引きこもっている"
先輩からタレコミがあって、意を決してその部屋のドアをノックしたら、上は大きめの黒のパーカー、下は細身のスキニーという、ラフが過ぎる服装の男が怪訝そうな顔で出迎えた。
「わざわざ挨拶とか、大変ですね。」
欠伸を噛み殺したような声とトーンは、私と関わるのが面倒だと物語っているようだった。
仮眠していたのか、寝起きで雰囲気に鋭さはあまり無いけど、心持ち元々釣り上がった切れ長の瞳と直線的な鼻梁は意図せず印象に残る。
「私にとっても今までで1番大きなコンペなので
那津さんのお力添えは必須です。」
「……なんだっけあのダサい名前。
あー、ご利益デザイナー?」
「……」
"あの男がデザインを担当すると、
その案件はうまくいく"
那津さんの功績が故だとも思うけど、社内で"ご利益デザイナー"だと呼ばれているのを、私も聞いたことがある。
だけど、それはどこか一人歩きした表現にも思えて、私は使わなかったのに、この男はどこか挑発的にそう尋ねてきた。
「……那津さんにご利益があるとは
今のところ思いません。
なんか寝起きのやる気無いお兄さんって感じです。」
「…お前、失礼だな。」
「那津さんが、この案件に乗り気じゃ無かったとしても。"青砥のためにやるか"って思っていただける働きを、全力でします。」
アカプラの私は、いくら提案は出来ても、実際に何かを創り出すことは出来ない。
クライアントとこの男の橋渡しをひたすらに続けるしか無い。
「……やけに大きく出るな。」
ゆらり、ドアに身体を預けて腕組みをした男が、私を見下ろす眼光に鋭さを宿した。
「…那津さん含め、関わるチームの皆さんがコンペの内容にだけ注力できるよう、他の面倒ごとを請け負うのもアカプラの仕事です。
それ以外でご迷惑はおかけしません。
とにかく良いデザイン、お願いします。」
…出来れば他の案件より候補に使うデザインラフ多めで。
最後の私の付け足しまで聞き終えた男は、きょとん、と子供みたいな表情になって、
「…しかも、まあまあ厚かましいな。」
と、片方だけ口角を上げて愉快に笑った。