花を愛でる。



社長の婚約者がまだ学生である早乙女さんである時点で驚いていたが、婚約時期は流石に予想することが出来なかった。
もし私がその当事者だったら、頭が狂っておかしくなってしまいそうだ。


「その時からです、彼の様子がおかしくなったのは。私への態度も冷たくなって、顔を会わせる頻度も少なくなりました」

「……それは、早乙女さんが望んでいたことなんですか?」

「いえ、そんなことは! 父が私たちの気持ちを無視して彼のご両親に話を持ち掛けたと耳にしました。父は向坂グループのような大きな財閥と深い繋がりを持つことにこだわっていたようですから」


だけどそのお陰で早乙女さんの父親の事業は成功し、早乙女家もまた名を馳せるほどの大きな財閥へと成長を遂げた。
だからこそ二人が婚約に反対したところで親同士が繋がっている以上、婚約が破棄になることは難しいということか。

しかし今までの早乙女さんの言動からして、彼女は社長に婚約を迫っているようにも思えたけど。


「早乙女さん、この間『自分なら彼の力になれる』っておっしゃってましたよね。あれはどういう……」

「……もし私と結婚したら彼の夢を支援できるのではないかと思って……彼の家族が遊馬さんの夢を認めなくても、私なら私の力で応援できるかもしれない」

「……」

「でも、拒否られてしまいましたけど」


あははと切なそうに笑みを零した早乙女さんにぎゅっと胸を掴まれたような苦しさが襲い来る。
彼女が社長の力になりたいって気持ちは痛いくらい伝わってくる。きっと彼の問題を解決したいという気持ちは私よりもずっと前から抱えているのだろう。

そんな早乙女さんの言葉ですら彼には届いていないのに、私なんかが相手にされるんだろうか。


「早乙女さんは……本当に社長のことが好きなんですね」


きっと私なんかよりも、早乙女さんは彼のことを理解している。
自分がどれだけ表面でしか社長のことを知らないか、嫌というほど思い知らされる。

私の言葉に頬を赤く染めた彼女の瞳に、薄らと涙が浮かぶのが見えた。


「初めてなんです、私の絵を好きだって言ってくれた人。私の世界に色を付けてくれた人。だから今度は私が彼の力になってあげたいんです」

「……それで私に出来ることは?」

「遊馬さんはきっと自分の夢のこと、家族にも話していないと思うんです。随分前に、自分の中で諦めてしまった」


普段は掴みづらい性格をしている社長が仕事中にふと見せた真剣な表情。その表情の先にある思いに、私は密かに気が付いていた。
彼の仕事に対する気持ちの根底にあるのは「兄に迷惑を掛けないこと」だった。

彼が前に一度、そう呟いていたことがある。それに黛会長も彼のお兄さんの話題を出していた。
黛さんもお兄さんのことを凄く尊敬しているようだし、弟って基本的にそういう人が多いんだろうか。


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