花を愛でる。
「向坂さんにこれ以上迷惑もかけたくないのですが兄の願いとなると俺は逆らえないので……簡単でいいので最近向坂さんの周りであったこととか教えていただけると」
「最近あったこと、ですか」
そう言われて真っ先に思い浮かぶのは今朝の彼の婚約者が会社まで来たことだが、こういうことを言いふらしていいものか。
あとから私の口から伝わったことが知られると後が面倒臭くなりそうだ。
「私はただの秘書ですので、役に立てずすみません」
「そんな、こちらの我儘ですので。というか兄もこれ以上彼に付きまとうのをやめてもらわないと。これだからあの歳になっても縁談が決まらないんだよな」
「縁談?」
「はい。グループの代表としてふさわしい人だとは思っていますが性格に難があって、よく縁談の女性には逃げられがちでして」
日本を代表とする大財閥である黛グループの次期党首の名を持ってしてもその結果だとすると、性格に難があるどころの話ではない気がする。
しかしやはりお金持ちとなるとそういった話は途絶えないのか。そうなると彼は? 早乙女さんは彼の性格を知って、なお彼の婚約者を名乗っているとしたらとんだもの好きとしか思えないけど。
「うちの社長にもそういう相手がいるんでしょうか?」
何か有益な情報を引っ張り出せないかと鎌を掛けてみる。黛さんは私の質問に暫く悩んだのち首を横に振った。
「そういった話はこちらまで流れてきていないですね。向坂さん、というか遊馬さんが結婚するとなったらそれこそ兄が黙っていないかと」
「(黛さんのお兄さんって……)」
いや、これ以上突っ込むのはよそう。あの人は別でややこしそうだし。
だけど昔から知り合いである黛さんもよく知らないとなると、やはり社長に直接聞くのが手っ取り早いか。彼が真面目に取り合ってくれるとは思えないが。
しかし本人がいないところでこうしてこそこそ情報を集めるのは後ろめたいことをしているようで気が進まない。
定食屋を後にすると黛さんは改めて名刺を差し出してきた。
「また何かあったらこちらにご連絡ください。秘書同士、情報交換でもしましょう」
「それは、本当にありがたいです。あまり仕事のことで相談できる人が周りでいないので」
「こちらこそ、今日はとても有意義な時間を過ごすことが出来ました」
それでは、と帰る時までスマートな黛さんにあそこまでの余裕が欲しいものだと思う。
しかし生姜焼きを前にして子供のように目を輝かしていた彼のことを思い出すと、そんな可愛らしいところもあることを知ってなんだか得した気分になった。