あの日の恋は、なかったことにして
   ***

 引っ越しの疲れもあり、わりと早く寝てしまった私は、夜中の2時に目を覚ました。

 新しく買ったセミダブルベッド。
 隣で、猪狩くんがすやすやと寝息を立てている。



 宣言どおり、猪狩くんと私は恋人同士になった。

「好き」と私が告げたとき、猪狩くんは涙目になりながら、「ありがとう! はやく結婚しようね」と言った。

 だいぶ重たい愛情だけれど、返事を待たせてしまった私も悪い。
(シンガポール旅行が実現したのが、申請が通ってから2カ月後だった)


 晴れて恋人同士になってからは、べったりひっついてきて、別れ際にはいつも泣かれた。

 猪狩くんの手帳には、社長のスケジュールと一緒に私の予定も事細かに書かれている。
 残業して帰りが遅くなると会社の前で待っているし、ディレクターと休憩時間にお茶をしているときも、「おつかれさまです」と言いながらどこからともなく姿をあらわす。


「ちゃんと仕事しなさいよ! じゃなきゃ、別れるから!」
「うう……じゃぁ、仕事中は我慢する」

 そんなふうに病的な彼の愛情も、こうして一緒にいられるようになれば、きっと少しは落ち着くだろう。

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