あの日の恋は、なかったことにして
 トイレを済ませて洗面台で髪を整えていると、背後にぬーっと猪狩くんが立った。

「あ、もしかして起こしちゃった?」
「すずがいなくなってた……」

 またもや瞳がウルウルしている。


「ごめんな。俺もすずにこんな気持ちを味わわせてたんだな」
「あのときのことは、もういいから」

 っていうか、私はこんなふうに泣かなかったよ。
 ショックではあったけど、悲しみよりもどちらかというと怒りのほうが強かったし。


「はやくベッドに戻ろう? 明日も片づけが残っているし」
「そうだね。エッチしたら寝ようね」
「えっ? これからするの!?」
「だってすず、さっきはしないで寝ちゃったじゃん」

 たて続けに海外旅行と引っ越しがあり、さすがの私も体力の限界だったのだ。

「……1回だけだよ?」

 猪狩くんの顔が、ぱああっと輝いた。

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