俺が優しいと思うなよ?
小さな女の子が泣いている。しゃくりあげて声を上げて泣いていると、女の人が近づいてきた。
『何をやっているの?』
と、泣いている女の子の頭を撫でて抱きしめる。
その女の人を見て、私は「おかあさん」と呟いた。
振り向いたその人は間違いなく母だった。
母は言う。
『お姉ちゃんなんだから、妹に優しくしなきゃダメでしょ』
そう言われた私の手には、幼い頃のお気に入りだったクマのぬいぐるみがあり、クマは片腕がもぎ取られて中身の綿が溢れ出ていた。
女の子は泣いている「ふり」をした、妹の楓だった。
楓は私と違い、可愛い顔立ちで華やかな服がよく似合っていた。そして要領がよく、両親に甘えることも上手いので自分の欲しいものは何でも手に入れていた。
私は別に両親から疎まれていたわけではない。
不器用な私の日常は子供ながらに随分地味で、そしてたいてい両親から「お姉ちゃんなんだから」と言われていた。
いつもどこか楓の方が得をしている感じが目立つようになり、私は自分の自由を求めて就職と同時に親の反対を押し切って独り暮らしを始めた。
私の目の前に余裕の笑みを浮かべた楓が立っている。
『お姉ちゃんって、人生を不器用に生きてるよね』
そう言って消えていく。
幼少期からのそんな生活のおかげで、私は「人に甘える」という人間関係のミッションを飛び越えて大人になってしまった。
そして、私は社会人になって初めて言われたのだ。
『俺に甘えていりゃあいいんだよ』
いずれ後悔する毒牙とも知らずに。仕事で限界を超えた麻痺した脳内は、一瞬でこの言葉に溺れた。
薄い唇の口角を上げた西脇が、私を後ろから抱きしめる。
『俺たちは一心同体だろ、聖?』
もし、西脇より先に成海さんに出会っていたら、私は間違った「人に甘える方法」を覚えずに済んだのだろうか。