俺が優しいと思うなよ?


真木さんは彼との経緯をつらつらと話した。特に誤魔化して話す感じでもなかったので、多分本当のことだろう。すると、横から男が「余計なことを話すなよ」と低い声を出して睨んだ。
真木さんは「はいはい」と適当に返事をして、用が済んだとばかりに席を立った。
「あたしはもらえるものをもらえればいいから。三波さん、彼氏と喧嘩したからって逃げるのはどうかと思うよ。それにさ、まだ別れてもいないのに、あのイケメンと二股?って女としてどうなの?」
「え?私は西脇さんとも誰とも付き合ってなんか……!」
と、勘違いも甚だしいセリフに怒りを感じて言い返そうとした。しかし彼女は軽蔑する視線を向けて「じゃあね」と帰ってしまった。

真木さんに誤解されたままになってしまったが、それより今は目の前の西脇に注意しなければならない。
無言のまま注文したコーヒーを飲む彼に、用心深く言った。
「真木さんの用も済んだので、私も帰ります」
「まあ、そう言うなよ」
立ち上がって帰ろうとする私は、手首を掴まれた。ゾワッとする悪寒に思わず西脇を見る。
「は、離して。恋人だなんて嘘を言って、私には付き合った記憶なんてありません」
言わないと気が済まないことだが、すっかり声が震えていた。
西脇は薄笑いを浮べて私を見上げる。
「そうだな。俺の思い違いだったか?でもな、付き合った記憶がなくても……」
と、コーヒーを飲み干した男は立ち上がる。見下ろしていた視線が、たちまち顎が上がり上を向く。

「付き合った記憶がなくても「セックスした記憶」ならあるだろ?お互い、ドロドロになるまで」

ぞくり、ぞくり、ぞくり。
脳裏に蘇る記憶に、全身が冷たく凍っていく。
動けなくなった私の肩に手を回し、耳元で囁かれた。

「俺のところからいなくなるなんて、イケナイ子猫だな。他の男のニオイを付けた浮気猫に、もう一度躾をしなきゃいけないか。その前に、この前の返事が先だな」

床に足をつけた両足がガクガク震え、手の指先が冷たい。
でも、負けたくなかった。
「……う、ヴェール橘は、科学館のデザインのオファーを受けたそうですね。コンペは辞退されたと聞きました。もう私が西脇さんに話す情報なんてないですよね?」
「そうだな。あの成海がなにをデザインしようと俺には関係ない。だが、お前はまだ科学館をデザインするミッションが残っているだろ?」
「え?どうして私が……っ!」
驚きと戸惑いと拒否が重なり声を上げてしまった。すぐに西脇が「大声を出すなよ」と言い、手を引っ張られたまま彼は会計を済ますと私を外へ連れ出した。
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