アンチテーゼを振りかざせ
「あんた、タチ悪すぎ。」
「…は?」
そしてそのまま椋へと視線を上げた男は、鋭い声で告げる。
「わざわざ駅で捕まえようとするのが最悪。
どの電車かには必ず乗るタイミングで話しかけて、仮に逃げられても家の方向だけでも知ろうとしてたんだろ。」
その瞬間、椋のにこやかだったはずの顔つきがみるみる強張って、正解だと物語っていた。
改札前には、華の金曜日効果で沢山の人が居る。
だけどアルコールの入り混じるその喧騒の中では、私達3人が醸す不穏な空気はきっとあまり悟られていない。
「残念だけど、俺の家に連れて帰るから意味無いよ。
別に着いて来ても良いけど、あんたの会社の人よくうちの店に来てるし、仲良しだから俺。
いくらでも調べられるよ、あんたのこと。」
ぎゅ、と力が込もってより一層男の腕の中に閉じ込められた。
とくんとくん、心地よい心臓の拍が聞こえる。
「今度紬に近づくなら、それ相応の覚悟してくれる?
……というか。
サワー飲んで清楚つくりこんでる姿しか知らないあんたには紬は勿体無いし、渡せない。」
なんてこと言うの、この男。
清楚つくりこんでる、って腹立つし、
"渡せない"って私は、あんたのものでも無いわ。
そう言ってやりたいのに。
何故だか喉が熱く圧迫されて、瞳にずっと映っていた筈の男のトレーナーの黒色が、ぐわりと急にぼやけてしまった。
それが安堵によるものだと、嫌でも分かる。