秘密で子育てしていたら、エリート外科医が極上パパになりました
「抗生剤は一日三回きちんと飲んでね。それと、できるだけ足首に負担をかけないような生活をしてほしい。正座をするんじゃなくて、椅子を使うとかね。一週間経っても腫れが引かないようならまた見せにきて」

処方箋をプリントアウトすると、さきほどの看護師がファイルに挟んで持っていった。外で待つように言われ、私と兄は診察室を出ようと立ち上がる。

「そうだ、斗碧」

不意に呼び止められた兄は「なんだ?」と肩越しに振り返る。

「今度、飯でも食いに行こう」

「ああ。連絡する」

兄はひらひらと手を振って、診察室を出た。私はペコリと小さく一礼し、兄のあとについていく。

「茜音ちゃん」

今度は私が呼び止められ、ぴくりと体が跳ね上がった。うしろを向いたまま「はい」と固い声で答える。

「お大事にね」

かけられたのは優しい声。振り返るまでもなく、彼が笑顔でいることがわかり、胸がかき乱された。

「……ありがとうございました」

目を合わせぬまま診察室の引き戸を閉め、ふう、と小さく息をつく。

診察が無事に終わってよかった。終始ヒヤヒヤして気が気じゃなかったけれど、さすがに涼晴もこんな場所でプライベートな話題を切り出すのは避けたのだろう。

外していた指輪をポケットから取りだし、もう一度薬指にはめる。

やっぱり涼晴と顔を合わせるのは複雑だ。とっくに吹っ切れたと思っていた感情が、燻ぶるようにじわじわと存在を主張し始めていた。


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