身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
「すみません。まったく覚えてないんですけど、私たちどんな会話しました?」

 思い出せないことを正直に白状すると、柊一さんは呆れたような表情を見せつつ当時交わした会話を教えてくれる。

「俺がお前に〝この仕事は楽しいか〟って聞いたら、〝もちろんです〟ってお前は答えていたな」
「他にはどんな会話を?」
「それだけ」
「えっ。それだけ?」

 その会話のどこに私に惹かれる要素があったのだろう。

「かわいかったんだよ、あのときのお前が。にこにこと笑顔で楽しそうに仕事していてさ。それから美桜のことがずっと頭から離れなかった」

 ……今、初めて知った。

 柊一さんが私のことを好きになったきっかけを聞いて、なんだか照れくさくなってしまう。

「その二年後に俺の部下として第三営業課に異動してきたときは驚いた。お前と一緒に仕事ができるのが嬉しくてやたらと声掛けてたな、俺」
「それは覚えてます。この人、すごく私に絡んでくるなぁとびくびくしていましたから」
「びくびく?」
「さっきも言いましたけど、私あのときの柊一さんがこわかったので。北海道出張を言い渡されたときなんて、この人と一泊二日もふたりきりで行動するのなんて絶対に無理だって怯えていましたからね」
「お前、そこまで俺のことこわかったのかよ」

 柊一さんは眉尻を下げると、どこか落ち込んだように軽く息を吐いた。

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