身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

 小雨の中を冬真の手を握ってゆっくりと走り、駐輪場へと向かう。

 レインコートを羽織り、冬真を雨除けカバーのついたチャイルドシートに乗せていると、「すみません」と後ろから声を掛けられた。

 冬真がしっかりと座ったことを確認してから振り返ると、そこには瑠衣君と瑠衣君のお母さんが立っている。

 おそらく冬真と瑠衣君の間に起こった出来事について声を掛けられたのだと思い、私はとっさに頭を下げた。

「今日はすみませんでした」

 瑠衣君とは同じクラスだけどお母さんとはあまり話をしたことがない。たぶんしっかりと言葉を交わすのは今日が初めてかもしれない。

 瑠衣君のお母さんは、きちんとしたメイクに、きれいにまとまった髪、それから女性用スーツを身に着けたその姿は、見るからに仕事ができそうな女性だ。

 瑠衣君のお母さんが重たいため息を吐き出すとともに口を開く。

「先生から聞きました。冬真君がうちの子の絵をクレヨンでぐちゃぐちゃに塗り潰したそうですね」
「はい。本当にすみませんでした」
「うちの子がかわいそうでしょ。せっかく描いた絵をぐちゃぐちゃにされて、今日はひとりだけ絵を持ち帰れないのよ」

 怒りを含んだ口調に、思わずひるんでしまう。ごめんなさい、と、私は謝罪することしかできなかった。

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