身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

 開店時間の十分前になった頃、カウンターでレジの確認をしていると、牧子さんがそっと私の隣にやってきた。

「ねぇ、美桜ちゃん。この前の配達のことなんだけどね」

 私にぴったりと体をくっつけて、まるで内緒話でもするかのように牧子さんの声は小さい。

「ほら、結婚式場にマドレーヌ届けに行ってくれたでしょ」

 その言葉に、ドキッと心臓が波打つ。

 結婚式場……おそらくリリーオブザバリーへの配達のことを言っているのだろう。突然、その話題を出されたことに妙な胸騒ぎがした。

「あのとき何かあった? 次の日に、そこの式場の社長さんがお店に来たの。美桜ちゃんに用事があったみたいだけど、冬真君お熱があったから美桜ちゃん休んでいたでしょ」
「あの人ここに来たんですか!?」

 思わず大きな声が出てしまい、「どうした?」と奥の厨房で作業している治さんの声が聞こえた。それに対して牧子さんが「なんでもないわよ」と言葉を返す。それから、彼女はじっと私を見つめた。

「その反応。やっぱり何かあったのね」
「い、いえ。特に何かあったわけではないので大丈夫です。配達はしっかりとしましたので」
「配達の心配はしていないのよ。そうじゃなくて、美桜ちゃんとセリザワブライダルの社長さんはお知り合いなの?」
「えっ」

 知り合い……うん、たしかに知り合いだ。というか、もっと深い仲だったけれど。でも、それを正直に牧子さんに伝えるのをなんとなくためらってしまった。

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