身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
しばらくして、まわりに人の気配を感じなくなると、ようやく柊一さんが私を振り返った。
『社長に何を言われた?』
『柊一さんと別れるようにって』
はっきりと言われたわけじゃない。でも、あのまま話を続けていたらきっとそう言われたはずだ。
『柊一さんには縁談の話があるんですよね』
そう切り出すと、柊一さんの肩がピクッと跳ねた。
『断ったら、柊一さんはセリザワブライダルの社長に就任できなくなるとも聞きました』
『もしかして、だから俺のプロポーズを断ったのか?』
そう問われて、私は小さく頷いた。柊一さんはしばらく黙っていたが、やがて短い息を吐き出す。
『黙っていてすまなかった。それについては美桜に余計な心配をかけさせないためにも、俺ひとりで解決させるつもりだった。本当はプロポーズもそのあとにするつもりだったんだが、俺も少し焦っていたのかもしれない』
たぶん、柊一さんもつらかったはずだ。
ひとりでたくさん悩んでいたのだろう。柊一さんは普段から感情をはっきりと表に出すような人ではないから、気づいてあげることができなかった。
でも、彼がひとりで抱えていた苦悩に気がついた今、私にできることは柊一さんを少しでも早く〝私〟から解放してあげることだと思った。