愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
「あ、あの、香苗さんのこと、聞いてもいいですか?ご病気だったって……?」

「うん」

意を決して口にしてみたのに、日下さんは一言返事をするとそれ以上何も言わなかった。もしかしたら聞かれたくなかったのかもしれない。私は言葉に困ってそれ以上追及することができなくなってしまった。

「……それは、大変でしたね。寂しいですね」

居たたまれなくなって再びお好み焼きに口をつける。モグモグと無言で食べていると、日下さんはゆっくりと瞬きをし、そして再び口を開いた。

「……寂しいっていうか、何だろうな、何もないんだ。香苗のものが何もない。まるで初めからいなかったみたいに。……遺影はこれがいいと本人が決めていたんだけど、他の写真は一切ないんだ。結婚はしたけど一緒には暮らせなかった。再入院の前に香苗は持ち物を全部処分していたらしい。両親には手紙を残していたけど、俺には何も残してくれなかった。……愛していたのに……結婚もしたのに……何もないんだよ」

一言一言を淡々と語る姿は寂しそうで、そんな日下さんにかける言葉は見つからなかった。まるで私たちのまわりだけ時が止まったかのように静かだ。

お好み焼きから流れたタレが鉄板に落ちてじゅうじゅうと音を立てる。

「あ、焦げてます。食べてください!」

私は沈みそうになる気持ちを振り払うかのように、ヘラでお好み焼きをすくって強引に日下さんのお皿へのせた。
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