内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
「祐奈は心配症ね。今日くらい大丈夫よ。ね、大和」
 気楽なことを言う母を祐奈は振り返って睨んだ。
「そんなことないよ。案外、え? 今?って時に呼び出しがかかるんだから」
 言いながら、そういえば前回の呼び出しもそうだったと祐奈はぼんやり思い出す。
 大雅との顔合わせ中、現地に向かおうとしたまさにその時に呼び出されたのだ。
「今日は、天沢さんも来られるんでしょう?」
 母の言葉に祐奈は、少し気恥ずかしい気持ちで頷いた。
 今日の取引に大雅が出席する。それもまた祐奈が参加しようと決めた動機のひとつだった。
 おそらくは今日が、祐奈にとって彼と一緒に仕事ができる最後の日なのだ。
 天沢ホテルの副社長としての彼を目には焼き付けておきたいと思ったのだ。
 不思議だった。
 はじめて彼がこの宇月に足を踏み入れた時は、かつての恋人大雅が、天沢ホテルの副社長であることを思い知らされることが、あれほどつらかったというのに。
『今回は絶対に成功させる』
 大和を連れて三人で行ったショッピングセンターで、大雅が口にした力強い言葉。その澄んだ瞳は祐奈に、誰よりも宇月を愛していた父を思い出させた。
 はじめてホテルに泊まったあの夜、起きてしまった大和をふたりであやしながら、祐奈と大雅は手を繋いでそのまま三人で眠ったのだ。
 なにも憂うことのない、温かい幸せな時間だった。
 鏡の中の自分を見つめて、祐奈はガーネットのネックレスを身につけた。そしてブラウスのシャツを首元までぴたりと、閉めた。
 こうしておけば外からは見えない。それでも今日は、つけて行きたい気分だった。
「お母さん」
 小さく息を吐いて、祐奈は鏡の向こうの母を呼ぶ。
 ようやく話ができるほどに気持ちの整理がついた。
「あのね……。話したいことがあるの。帰ったら、聞いてくれる?」
「わかったわ」
 母が、穏やかに微笑んだ。

< 104 / 163 >

この作品をシェア

pagetop