内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
東京
 ピカピカに磨き上げられた床、明るいエントランスに足を踏み入れて、祐奈はごくりと喉を鳴らした。
 久しぶりに来た東京はどこかよそよそしく、まるで知らない街のようだった。
 この凛とした空気がただよう天沢ホテルの本社ビルは、ずっと田舎にいた自分が来ていい場所のようには思えない。着ている服と靴が急に野暮ったく思えて、祐奈は身の置きどころがないような気持ちになった。
 そして、やはり自分は大雅のことをほんの少ししか知らなかったのだということを今さらながら痛感する。
 だってこんな巨大なビルの最上階にいるなんて。
 まだ会ってもいないのに、もはや怖気付いてしまいそうだった。
 午前中に母と行った墓参りの後、すぐに祐奈は宇月を出発し、ひとり東京へ向かった。
 大雅と話をするためだ。
 彼が忙しいのは知っている。
 トラブル対応に奔走して、祐奈どころではないことも。
 それでもどうしても、祐奈は彼に会いたかった。会って話がしたかった。
 彼がこちらに来られないなら、自分が行けばいいと、取るもとりあえず大和を母に任せて、家を飛び出したのだ。
 明日は土曜日、仕事は休みだから、何時になっても彼が会ってくれるのを待つつもりだった。
 出掛けに彼の携帯に残した着信には、折り返しの連絡はない。メッセージにも既読がつかない。
 勢いだけで東京へ来た祐奈が、大雅にたどり着くための足がかりは、この天沢ホテル本社ビルだけだった。
「いらっしゃいませ」
 どこかクラッシックな洗練されたデザインの制服に身を包んだ綺麗な女性が、受付で祐奈に向かってにこやかに頭を下げる。
 祐奈は恐る恐る近づいて、迷いながら口を開いた。
「あの……、宇月町役場観光課の秋月と申します。天沢副社長と連絡を取りたくて……」
 受付の女性が小さく首を傾げた。
「お約束ですか?」
「い、いえ、約束をしているわけではないんですが……」
 言いながら祐奈は頬が熱くなるのを感じていた。
 いてもたってもいられなくてこんなところまで来たけれど、考えてみれば非常識極まりないことをしている。
< 135 / 163 >

この作品をシェア

pagetop