内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
「天沢さん、立派におなりになったみたいね」
 土曜日の夜、大和を寝かしつけてリビングでお茶を飲んでいた祐奈は、母寛子に声をかけられてどきりとして振り返った。
「……え?」
「天沢さんよ。今は副社長をしていらっしゃるんでしょう? あなた案内役をしたんじゃないの?」
「うん、した」
 動揺してしまったことを隠したくて、祐奈は即座に頷いた。でも少し違和感のある母の言葉に首を傾げた。
「お母さん、天沢……副社長のこと知ってるの?」
 寛子は祐奈の前によいしょと座り、頷いた。
「直接知ってるわけじゃないけど、天沢さんがこの家にいらしてた頃、おっしゃってたのよ。息子がようやく社会人になって会社を手伝ってくれるようになったって。まだ二年も経ってないけどって言いながら嬉しそうにされていたわ。それがもう、副社長だなんて……時が経つのは早いわね」
 そう言って、寛子は少し遠い目をする。
 今母が言った"天沢さん"は、大雅の父親天沢宗久のことだ。祐奈の記憶にある限り、父が亡くなって以降、母の口から彼の名前が出たのははじめてだった。
 祐奈は思わず声をあげる。
「お母さん、どうして……!」
 どうしてそんなに、懐かしそうにするの?
 あの男が憎くないの?
 でも言いかけて、寸前のところで口を閉じる。
「なあに?」
「……ううん……なんでもない」
 そして母から目を逸らして、首を振った。
 天沢宗久が父にしたことについて、今まで祐奈は母と話をしたことはなかった。
 父が亡くなってすぐ、秋月旅館を閉めなくてはいけなかった母はすべてのことをたったひとりで乗り切ったのだ。
 昼間は気丈に振る舞いながら、夜は仏壇の前で泣いているその姿を知っているからこそ、それ以上に母を苦しめるようなことは言えなかった。
 何年も経ち、ようやく明るさを取り戻した母が、あの男のことをどう思っているのか祐奈は知らなかったけれど、こんな風に何気なく、懐かしむように名前が出たのは意外だった。
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