【完】片手間にキスをしないで
頼んだって、何を。
そう紡ぎたかった言葉は喉を伝わず、代わりに手をギュッと握りしめた。座卓の下で、気付かれないように。
「どっか安く貸してもらえないかって。一応、いくつか管理してるアパートがあるって聞いてたから」
「……」
「いま夏杏耶んちから振り込んでもらってる金額で、変わらず賄えるところ探してもらった。学校までは徒歩20分、南側だけど」
「南……逆方面、ってこと」
「ああ」
……どうしてこんなときばっかり、優しい声で言うの。こんなに沢山、スラスラ話す奈央クンなんて初めて見たよ。どうして、こんなときばっかり。
隣から見つめられているのが分かる。それでも、視線を返せるほどの余裕はなかった。
「……ごめん」
見兼ねて放たれるその一言に、鼻の奥がツンと鳴く。
「ちゃんと、聴いてない」
「ん……何をだ」
「どうしてって、私訊いたよ。全然、全然答えになってない」