【完】片手間にキスをしないで


頼んだって、何を。


そう紡ぎたかった言葉は喉を伝わず、代わりに手をギュッと握りしめた。座卓の下で、気付かれないように。


「どっか安く貸してもらえないかって。一応、いくつか管理してるアパートがあるって聞いてたから」

「……」

「いま夏杏耶んちから振り込んでもらってる金額で、変わらず賄えるところ探してもらった。学校までは徒歩20分、南側だけど」

「南……逆方面、ってこと」

「ああ」


……どうしてこんなときばっかり、優しい声で言うの。こんなに沢山、スラスラ話す奈央クンなんて初めて見たよ。どうして、こんなときばっかり。


隣から見つめられているのが分かる。それでも、視線を返せるほどの余裕はなかった。


「……ごめん」


見兼ねて放たれるその一言に、鼻の奥がツンと鳴く。


「ちゃんと、聴いてない」

「ん……何をだ」

「どうしてって、私訊いたよ。全然、全然答えになってない」

< 218 / 330 >

この作品をシェア

pagetop