【完】片手間にキスをしないで


「奈央クンは……平気なの? たとえば、他の人に気持ちが移っても」


大声なんて出していないのに、枯れきった声。歪んだ景色のなかで、彼が再びこちらに視線を流したのが分かった。


「……いいよ」


『勝手にしろ』でも、『そんな事、いちいち聞くな』でもない。


こういうときの台詞のレパートリーはいくつも予想してあったのに、そのどれもが掠りさえしなかった。


小さく落とされる単純な答えが、ミシミシと音を立てて心を崩していく。


「……」


あれ私、何をいまさら。どうしてショック受けてるのさ……最初から分かってたのに。


好きじゃなくてもいいって、それでも幸せだって、思っていたんじゃないの? ねぇ、私───


「分かったよ、奈央クン」

「……夏杏耶」


夏杏耶は頬に伝った涙を雑に拭って、ヘラッ、と笑みを浮かべる。無理に持ち上げた頬に感じる痛みは、涙を止ませてはくれなかった。


それでも、絶対───


「分かったけど、ひとつだけ条件があります」


絶対、折れたりしない。


「夏休みまで、私と毎日キスをすること」


だって私はずっと、奈央クンが大好きだから。

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