身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「彼女、マチラ本社で受付業務をしているんだって聞いたよ。副社長も自慢の娘みたいだったな」
「彼女……とても綺麗でしたもんね」

 艶やかな黒髪と、色白で目鼻立ちがはっきりした顔立ち。立ち居振る舞いだけで上品さも窺えるような人だった。
 彼女なら、多くの人が目を引かれると思う。

 私が夕花さんを思い出していたら、ふいに成さんが私を覗き込む。

「え? なに……」
「俺は梓のほうが綺麗だと思うけどね」

 するっと髪を撫でられて、心臓が跳ねた。

「そっ、そんなお世辞はいらないですよ」

 もしかして、私に気を使って言ってくれてる? そんなつもりはなかったのに。
 成さんが夕花さんに少しでも興味を持ったりしたのかなって頭を掠めたくらいで……。

 誰がどう見たって、美人なのは彼女だと思うもの。そこは比べても仕方がない。
 私はただ……彼女の行動力に脱帽して、焦慮を抱いているだけで……。

「もしかして、これまで言ってきたこと全部お世辞だと思ってる?」
「えっ……」

 急に成さんの声のトーンが変わって驚いた。

 成さんは私の右腕を掴み、そっと頬に触れる。
 熱のこもった双眸で、妖しさを含んだ低い声で言った。

「それは食事より先に、そっちを教えなきゃだめだね」

 彼の口の端が静かに上がったのを視界に入れ、私の心音はますます大きくなる。

 下ろしていた髪をサイドに寄せられ、右耳が露わになった。
 成さんはおもむろに唇を寄せて、触れるかどうかのところでさらに囁く。

「じゃあ、梓の課題解決しようか。俺そういう仕事してるから安心して。じっくり教えてあげる」

 甘い痺れを感じ、思わず目を閉じて首を竦めた。
 すると、ひょいと担がれて、そのままベッドルームまで連れられてしまった。
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