身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「梓。入っていいか?」
「お父さん? ちょ、ちょっと待って」

 別に悪いことはしていないのに、やたらと狼狽える。

《あっ、急に電話してごめんね。今日はもう切るね。また必ず連絡するから》
「えっ」

 友恵ちゃんも私と同じで慌てたらしく、バタバタとして通話を切った。
 私はスマホを握ったままドアを開ける。

「なに?」

 部屋の前に立っていた父は、神妙な面持ちだ。

 もしかして、電話の相手が友恵ちゃんだって気づかれたかな。

 私はハラハラして父の返答を待つ。
 すると、父は一度外した視線を再び私に向ける。

「いや、さっきの話。もう一度、ちゃんと梓の気持ちを聞こうと思って」
「さっき?」

 私は首を傾げつつ、友恵ちゃんとの電話ではなさそうだと安堵する。
 しかし、父は複雑そうな顔つきのままだ。

「父さんたちがお膳立てしておいてなんだけど……まさか見合いから一週間で一緒に住むと言われるとは思わなかったものだから」

 あ……その話か。急な電話があったせいで、一瞬忘れてた。

「ああ……うん。大丈夫。ダラダラ時間が過ぎていくより効率的だし、どうせなら向こうも納得したうえで破談っていうのが一番理想でしょ?」
「破談前提なのか? てっきり梓も彼を気に入ったのだと……」

 私が結婚に後ろ向きだったというのは隠さずとも知られている。
 が、成さんはあくまでポジティブな意味合いでの同居だと挨拶したため、その点は話を合わせておいたほうがいいかもしれない。

「もっ、もちろん、成さんの人柄には惹かれたよ! ただ未来は誰にも読めないじゃない?って話よ」

 やんわりと曖昧な返答をする。

 お試し期間が三か月でビジネスライク的な同居と言えば、余計面倒になりそうだ。

 約三か月後――年内には同居も婚約も解消して、ここに戻ってくるんだからわざわざ複雑な事情を親にまで言わなくてもいいよね。
 というか、こんなありえない状況を親に一から説明なんかしたくないよ。

 すると、父が寂しそうに笑う。

「まあな。しかし、いざ急に話が進めば戸惑うものだな。それでも、きちんと初めに包み隠さず挨拶できる彼なら信用できるよ」

 これは形式だけの交際なのに、父の反応を目の当たりにしたら、自然と切ない気持ちが込み上げる。
 いつか本当にお嫁に行くときは、今以上にいろんな感情があふれ出すんだろうな。

 瞳が潤みそうなのを堪えていたら、父はいつもの父に戻っていた。

「それで、いつ頃に成くんのところへ行くんだい?」
「え? あ~……明日……かな」
「明日!?」

 私が答えた直後、父は卒倒しかけていた。
 そりゃあそうだ。私だって相当驚いたのだから。

 その夜、だいぶ気持ちの整理がついた私は、簡単に荷造りをしていた。

 どうせ短い期間だ。必要最低限のものでいい。

 友恵ちゃんも、そうやって最小限の荷物だけ持って家を出て行ったのかな、なんて思って「あ!」と声を上げた。

 今日、電話くれたのに連絡先を聞くの忘れて切っちゃった。

 ……まあ、また連絡くれるって言ってたし……待つしかないか。
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