8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~
 視線を感じて振り返ると、侍女が手桶とタオルを持って突っ立っていた。

「なにをしている。早く寄こせ」

「も、申し訳ありません!」

「大体、不用心が過ぎるぞ。部屋に鍵もかけてなかったではないか」

「え? 戸締りはしっかりしたはずですけれど。……そういえば、どうやって入ったんですか、オスニエル様」

「開いていたからだが?」

「え? どうして?」

 侍女は釈然としない様子だ。オスニエルも気にはなったが、今はフィオナのことが先決だ。侍女から手桶を受け取り、絞ったタオルをフィオナの額にのせた。

 フィオナはうっすらと目を開け、「オス……ニエル様?」とかすれた声を出した。

「フィオナ、大丈夫か? 突然倒れたんだ」

「看……病、です、か? オスニエル……が?」

「ああ」

「う……そ」

 はあ、と荒く息をつき、フィオナは再び目を閉じる。
 呼吸が先ほどより苦しそうで、オスニエルは心配過ぎて胸が苦しい。

「……前と逆だな」

 オスニエルが珍しく熱を出したとき、気が付いたらフィオナが看病していてくれたことがあった。あの時、オスニエルは夢を見ているのだと思ったのだ。

「お前が看病してくれるなど、想像もしていなくて。……夢だと思ったのだ」

 フィオナの表情は動かない。返事はなく、荒い呼吸だけが空気に溶ける。

「看病をして治るなら、いくらでもする。ここにいる。だからフィオナ。……目を開けてくれ」
 それは、オスニエルが初めてする懇願だった。

 気持ちを振り向かせるための努力は自力で出来る。けれど、病を治すことはできない。自分が無力だと感じたことなど、これまでにはなかった。

「頼む、フィオナ。早く元気になってくれ」

 その日、夜が更けてもオスニエルが部屋から出ることはなかった。

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