8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~
「で、解毒剤はいただけるんですよね」

 トラヴィスが手を出した。ジェマ嬢は悠然と笑い、小瓶を取り出す。

「これよ」

 茶色の小瓶だ。トラヴィスはさっとそれを奪いとった。

「三日以内に飲ませればいいんでしたよね」

「そうよ。暴れたら厄介だし、連れ去ってから飲ませるといいわ」

 トラヴィスは頷くと、フィオナの後宮の方へと走って行った。

「……バカな男ね」

 つぶやくのはひとり残されたジェマだ。

「解毒剤なんてあるわけがないじゃない」

 そのつぶやきに、オスニエルの顔色が変わる。

「おい!」

 突然姿を見せたオスニエルに、ジェマは酷く驚いた様子だったが、すぐにしなを作って近寄ってくる。

「まあ、オスニエル様。おはようございます。昨日は酷いですわ。ダンスの途中で……」

「そんなことはどうでもいい。聞こえたぞ。お前まさか、フィオナに毒を盛ったのか?」

 オスニエルの声には、いら立ちがこもっていた。なのにジェマは平然と笑みを浮かべる。

「私が、そんなことするはずがないでしょう? 大体、その時私はあなたと踊っていたじゃありませんか。どうやってフィオナ様に毒など渡すというのです」

「証拠はこの耳だ。今のお前と騎士の会話を聞いた」

「あの騎士とは、猫の病気について話していたのです。私が持っている薬で治るかもしれないので渡しただけですわ」

 ジェマは嘘をつくのにためらいがなさそうだった。まるで歌うようにこともなげに嘘を紡いでいく。

 オスニエルはぞっとした。これまで彼女と話してきたなにもかもが信じられなくなる。フィオナがどうとかではなく、この女を正妃に迎えるなどとんでもないことだと思えた。
 かき回されて、国は内部崩壊してしまうだろう。

「大変です、オスニエル様!」

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