8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~
「入るぞ!」

 後宮はがらんとしていた。
 フィオナの侍女が、遅い朝食をとるために席を外したのが二十分前だ。彼女はまだ熱のあるフィオナの頭のタオルを替え、ドルフに後を任せ、急いで食堂で食事を済ませて戻ってきたのだという。

 だがドルフの姿も、フィオナの姿もどこにもない。
 オスニエルの後宮には、フィオナ以外入っていないので、人けがない。だが、城内には普通に人が歩き回っている時間だ。抜け出すのは容易ではないだろう。

「後宮内にいるはずだ。捜せ」

 犯人の目星はついている。トラヴィスだ。フィオナの身柄をどこかに移してから、解毒薬を飲ませるつもりなのだろう。
 だが、先ほどのつぶやきを信じるならば、ジェマが渡したものは解毒薬などではない。

(……早く探さなければ)

 オスニエルは警備隊長を呼びつけ、トラヴィスの持ち場について尋ねる。

「トラヴィスですか? あいつなら、フィオナ様の侍女の護衛を頼まれたと言って馬車で出ていきましたが」

「馬車を? なぜ通した!」

「え、だって、フィオナ様が倒れたのは周知の事実でしたし、薬を買いに行くのだと言われまして。ポリー殿がいつも乗っている馬車でしたし」

 オスニエルは舌打ちする。どうやらトラヴィスは思ったよりもフィオナの周囲を知り尽くしているようだ。違和感のない状況を作り出し、疑問を抱かせないまま実行に及んだということか。

「どっちに向かったか分かるか?」

「ええと……門番に聞けばわかると思います。騎士団の方で捜索の手配をいたしましょう」

「いや」

 オスニエルは首を振り、騎士団のひとりに剣を持ってくるよう伝える。

「馬を用意しろ。俺が行く」

 オスニエルが身支度を整え、城から飛び出したその時、一匹の灰色の犬が姿を現した。

「キャン!」

「……ドルフか?」

 ドルフは小さく頷き、着いて来るようにと背中を向けた。

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