8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~
体が冷たい。
フィオナは身震いをした……つもりだった。けれど体は動かない。それどころか、そんな自分をフィオナは今、見下ろしている。
(……なにこれ)
フィオナは自分の体を見る。薄く透けていて、宙に浮いている。どう考えてもまともじゃない。
(幽体ってやつなのかしら。だとしたら私、死んじゃったの?)
見たこともない場所だ。木製の壁が薄汚れていて、隙間風が吹き込む小さな部屋だ。どう見ても庶民の、しかも低所得層向けのものだ。四度目かの人生でトラヴィスたちと暮らした部屋にも似ている。
そこにある、些末なベッドに、フィオナの体は寝かされていた。
「フィオナ、フィオナ」
名前を呼ぶのは、私服のトラヴィスだ。いかにも平民といった、綿麻素材のベージュのシャツに、こげ茶のズボンをはいている。彼は、今にも怒鳴りだしそうな形相で、フィオナの体を揺すっていた。
「くそっ、どういうことだよ、これで目覚めるんじゃなかったのか」
フィオナの体の傍には、茶色の小瓶が転がっている。
(薬って……まさか、私、殺されたの?)
改めて、フィオナは自分の身に起こったことを思い出してみた。
オスニエルのダンスの相手をジェマ侯爵令嬢と交代した後、ミルズ侯爵令嬢からカクテルをもらって飲んだ。その後からの記憶はほぼない。体が熱くなって、倒れる直前にカイが駆け寄ってくるのを見た記憶が、うっすらあるくらいだ。
そこからは曖昧にしか記憶がない。オスニエルが看病してくれたような気もするが、あれはきっと夢だろう。
そして今、フィオナは後宮ではない場所でフィオナは寝かされている。こうして魂と体が分離しているところを見れば、すでに死んでいるといってもいいのかもしれない。
(でもなんで、トラヴィスが? ……まさか、トラヴィスがジェマ様と手を組んで私に何かしたのかしら。私を王城から連れ出すために)
そこに、どたどたと激しい音が聞こえてきた。
扉を蹴破るようにして入ってきたのは、オスニエルとドルフだ。ドルフは子犬の姿のままである。
『オスニエル様!』
幽体のフィオナが叫んだが、声にはならず、届かない。ドルフの方は気づいたようで耳をピクリと動かしたが、トラヴィスの方をちらりと見て黙りこくった。