若女将の見初められ婚
「岩倉さんのお名前で予約してると思うのですが」お店の人に告げる。
「お連れ様は先にお越しです」
意外な返答に、慌てて時間を確認する。
約束の時間は12時で、今は11時40分だ。
早めに着いたつもりなのに!
動揺しながら案内された席には、スーツ姿の男性がいた。
「遅れてすみません」
慌てて頭を下げる。
「いや。俺が早く来ただけや。志乃ちゃん、久しぶりやな」
優しい声が聞こえた。
恐る恐る頭を上げると、そこには、モデルかと見紛うような素敵な男性がいて、目を見張る。
えっ、しの君?!
こんなに格好よかったっけ。
清潔感のある黒髪は短く整えられている。切れ長の目に薄い唇の端正な顔つきは、いかにも呉服屋の若旦那という感じがした。
記憶の中のしの君はおぼろ気で、細かいところがわからない。
確かにイケメンなお兄ちゃんやったけど…
私は戸惑って、あわあわしてしまう。
どうしよう。こんなに素敵な人やったなんて。この人が私と結婚したいって言うとかありえる?
しの君は慌てる私を見て、クスリと笑った。
「どうした?はよ座り。
志乃ちゃんはキレイなお嬢さんになったな。昔から可愛かったけど」
目を細めて見つめられる。
思いもよらぬ言葉をかけられ、パッと目をそらしてしまった。顔が赤くなっているのがわかる。
ちょっと待って!
サラッと誉めてくれたけど、こんなこと普通に言うの?男の人って。
どうか、私のことはお構い無く。
お見合いで言う言葉ではないかもしれないが、心からそう言いたかった。初っぱなからこれでは、身が持ちそうもない。
気持ちを落ち着かせるように、胸元をトントンと叩き、息を吐いた。
「今日はお時間をいただいてありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を深く下げて挨拶をしてから、椅子に腰をかけた。
しの君は私の髪飾りをじっと見て、優しく微笑んでくれる。
「バチ型の髪飾りやな。橘さんが作る装飾品はほんまに技術が高い。志乃ちゃんにもよう似合ってる」
「ありがとうございます!」
父の髪飾りを誉めてもらえるのが何より嬉しい。
にっこりと微笑み返した。