若女将の見初められ婚
「俺は今年33歳や。そろそろ結婚のことも考えなあかんと思ってた。
今までは店のことしか考えてなかったからなぁ」
顎に手を当てて、考える素振りをする。
そしてイタズラするような顔になって私に笑いかけた。
「藤枝(ふじえだ)先生って知ってるよな?」
「藤枝先生?あの、お花のですか?」
私が知ってるのは華道の先生の藤枝先生だけだ。
うちの大学の卒業生で、今は大学の華道部を指導してくださっている。
私は勤務先の学生課で、学生の部活やサークルの担当をしている。だから、指導者の方とのやりとりもあるのだ。
「そう、その藤枝先生。この前、縁談持ちかけられへんかった?」
しの君はクスクス笑いながら訊ねた。
持ちかけられた!確かに!
でも、藤枝先生は縁談を持ちかけるのがすごーく好きな人で、私以外にもたくさんの人が声をかけてもらってる。
あの時は、全然結婚に興味がなかったのでお断りしたけど…
「志乃ちゃんにすごくお似合いの人やと思うのよ。本当に会ってみない?」とやけに熱心に勧められた。
「あの話の相手は俺やった」
イタズラが成功したように、ニッと笑った。
「藤枝先生は縁談持ちかけるんが好きやからなぁ。
今までも、たくさん話持ってこられて、ずっと断わってたんやけど、今回は何かフッとその気になって、写真を見せてもらった」
「写真?」
「大学の華道部の発表会?
そんな感じの写真やったな。藤枝先生と写真撮らんかった?」
撮った!!
私は部活の担当者として、発表会の準備を手伝ったのだ。
先生の作品も展示したので、記念に写真を撮りましょうってことになって…
でも、あの写真。
私は会場の準備担当だったので、仕事内容はテーブルのセッティングや、花器を運んだりの力仕事だった。汗まみれでほとんど素っぴん。
服装も、Tシャツに下は高校の時のジャージ、エプロン姿。
イベント前の高揚感の勢いで、先生と顔を寄せてふざけて撮ったような…
藤枝先生ー!勝手にそんな写真見せんとってほしかった。
「写真撮りました。お恥ずかしい写真見せてしまって…」
絶望感すら感じる。お見合い相手の人に見せる写真がアレって。もう顔が上げられない。
「いやいや。大学の事務してる子でいい子なのよって。藤枝先生イチオシの子やって言うてた。
写真も、自然な感じのいい写真やったで。」
しの君は、納得するように頷きながら話を続けた。
「写真よく見たら、どっかで見たことある子やなと。そしたら、橘志乃さんやって聞いて、あの志乃ちゃんか!って。
俺が知ってるのは、小学生の頃までやからな。こんな大きくなってって。感想がおじさんやけど」
クスクス笑う。
「そしたら、昔のこと思い出した。」
しの君はしみじみと思い出すように、懐かしげな顔をした。
「『仁って名前と、志乃って名前似てる!』って喜んで『しの君って呼んでいい?』って。可愛かったなぁ。
会うときは、たいてい着物の展示会とかやったけど、いつもおとなしく展示物も見るし、いい子やなと思ってた」
じっと見つめられ、胸が高鳴る。
「展示会で出されるお菓子も嬉しそうに食べてて、そんな笑顔思い出した。
そしたら、ふと、志乃ちゃんと結婚するのはいいかもなと思った。
志乃ちゃんにしたら、俺はおじさんやから相手にされへんかもとは思ってたけど、藤枝先生に話を進めてほしいとお願いした。
そしたら、志乃ちゃんにお話したけどあかんかったって。仁君の名前出す前に断わられたわって藤枝先生に言われて」
あの時はガックリした、と頭を掻いた。
「すみません!私、結婚する気がなかったので、お相手が誰かとか聞く前にお断りしてしまって」
必死に弁解する。
そうか、残念やったなと照れたように笑う、しの君を見てドキドキが止まらなかった。