ひと雫ふた葉  ーprimroseー




 もし死んでいれば死の瞬間を思い出せばいいが、雨香麗の場合はまだ死んでいないため、自殺未遂の現場へ赴き、それと合わせて現在の自分がどうなっているかを知る必要がある。

 そこまで雨香麗に話したというのに、当の本人は




「わたし……なんてことを……家族にそんな思いさせるなんて」




と、どこか他人事のように呟いていた。やはり、記憶は蘇っておらず、現実味がないのかもしれない。




「きっと君は、それぞれの場所で記憶を取り戻す。でもその時には────」




 また、当時を体験しなければいけない。そして同時に雨香麗を取り込もうとたくさんの死霊(しりょう)達が集まってくる。

 当時の苦痛に耐えられればその死霊(しりょう)達を祓うことができるけど、もし雨香麗の気持ちが負けてしまい、その死霊(しりょう)達に耳を貸すようなことがあれば、雨香麗は完全にそいつらと一体化し、もう祓う以外、選択肢がなくなってしまう。

 そう全てを説明し終えると、雨香麗は一度視線を落とし、強く拳を握った。




「……俺は雨香麗を信じてる。雨香麗なら、きっと大丈夫だって」




 これは本心だ。ここまで俺を信じ、自我を保ち続けられた雨香麗なら、きっと……。




「うん。わたしも、負けない。あいつらなんかに」




 次に顔を上げた雨香麗の目には強い光が宿り、俺達は互いに手を握り直して大地を蹴る。

 激しさを増す雨の中、薄暗い空には雷鳴が轟いた────。




< 77 / 109 >

この作品をシェア

pagetop