ひと雫ふた葉 ーprimroseー
もし死んでいれば死の瞬間を思い出せばいいが、雨香麗の場合はまだ死んでいないため、自殺未遂の現場へ赴き、それと合わせて現在の自分がどうなっているかを知る必要がある。
そこまで雨香麗に話したというのに、当の本人は
「わたし……なんてことを……家族にそんな思いさせるなんて」
と、どこか他人事のように呟いていた。やはり、記憶は蘇っておらず、現実味がないのかもしれない。
「きっと君は、それぞれの場所で記憶を取り戻す。でもその時には────」
また、当時を体験しなければいけない。そして同時に雨香麗を取り込もうとたくさんの死霊達が集まってくる。
当時の苦痛に耐えられればその死霊達を祓うことができるけど、もし雨香麗の気持ちが負けてしまい、その死霊達に耳を貸すようなことがあれば、雨香麗は完全にそいつらと一体化し、もう祓う以外、選択肢がなくなってしまう。
そう全てを説明し終えると、雨香麗は一度視線を落とし、強く拳を握った。
「……俺は雨香麗を信じてる。雨香麗なら、きっと大丈夫だって」
これは本心だ。ここまで俺を信じ、自我を保ち続けられた雨香麗なら、きっと……。
「うん。わたしも、負けない。あいつらなんかに」
次に顔を上げた雨香麗の目には強い光が宿り、俺達は互いに手を握り直して大地を蹴る。
激しさを増す雨の中、薄暗い空には雷鳴が轟いた────。