淋れた魔法
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華奢な両手でお行儀よく文庫本を持つ。傷みを知らない艶のある黒髪と白い肌。上のほうまで留められたブラウスのボタン。きっちり結ばれた赤いリボン。糸で吊られてるみたいに伸びた背筋。小さい顔。
図書室に入ると、そのひとは一番奥の窓際の特等席に座っている。
おれだけの時間だった。
おれだけのゆり先輩だった。
夏を描いたらしい本は借りれないまま、あの海での出来事から2か月ほど経った。
一度だけ、おそるおそる図書室を覗きにいったけど、ゆり先輩はそこに座ってはいなかった。
それから、ゆり先輩が同級生の女の人と仲良く喋りながら廊下を歩いてるところを目撃した。もうおれだけの彼女はどこにもいない。
「土屋、日直の仕事ー」
呼び方おかしいだろ。
文句を言いたくなるような気持ちをなんとか耐えた。何を言っても八つ当たりになる気がしてかっこ悪いと思ったから。
国語の授業で手伝いなんか必要ねえだろ、と思ったけど後をついていく。職員室でひとりでも持てそうな教材を半分持たされる。
沈黙を保っていたはずなのに、廊下に出ると「嘘吐いたんだって?」と、担任は鼻で笑うような声で言った。
「ゆり先輩が話したんですか」
「俺が図書室に来ない理由を無理に探っただけだよ」
庇うような感じ、ムカつく。
だけど気にしてません、みたいな態度をつくる。
「卒業が近づいてるからって焦んなよ。焦ったっておまえが高1のガキだってことは変えられねーんだから」
煙草くせー。おれは、成人しても吸わないってひそかに誓う。
同じようにはなりたくない。同じになってゆり先輩がおれのほうを好きになってくれるっていうなら、そうすると思うけど。…とか、マジでかっこつかない。
「べつにそんなんじゃないです」
「土屋、おまえ、青木が初恋か?」
「は……」
なんなんだよ。
答える理由がなくて睨みだけ返すと笑われた。